天邪鬼

3話
そこは高層ビルの最上階にある会員制のバー。
じいちゃんの恩恵に預かって私も高瀬も会員だったりしている。
夜景を一望できるその席は、予約なしで座る事なんて滅多にない事だった。
きっと私の知らぬ間に高瀬が電話していたに違いない。
そつの無い男だ。

空腹で飲み始めたコニャックは私の身体をゆっくりと確実に酔わせていった。
先程から同じペース、否それ以上のペースで飲み続けているというのに隣にいるこの男ときたら……

「何かあったのですか?」

さっきの話し方はあれっきりだった。
ここへきても嫌味な言葉使いは変わらなかった。

「何でそんな話し方するの?それは嫌味?」

「嫌味って言われましても、これが普段の私ですから。専務が一番ご存じかと思いますが」

「嫌い、あんたなて大っきらい」
言ってやった。私は満足げにグラスを揺らした。
高瀬は黙ったまま静かにグラスを口に運ぶ。

「こんなとこまできて何でその言葉使いな訳、今日は専務も敬語も禁止って言ったでしょ」
呟くような私の言葉に今度は高瀬が反応した。

「それは命令でしょうか?」

「うん、命令」
人差し指を突きだして高瀬の鼻に押し付けてやった。

「じゃあ、お前も名前呼べよ。高瀬じゃなくて」
バリトンボイスが私の身体を突きぬけた。

封印したあの頃の呼び名。
ずーっと胸にしまってあったあの頃の思い。
ここまできても意地っ張りな私
私は声を出す事無く、目の前のこいつの瞳をじっと見つめている。
そして、私の視線から逸らす事なく、真っ直ぐに私を見つめるこいつ。
根負けしたのは私の方だった。耐えられなかったんだ、こいつの瞳に。
「龍……龍太郎」

絞るように紡ぎだした懐かしい呼び名。
すると、それが合図だったようにこいつは眼鏡を外し、カウンターの隅においやった。

「春日」
どうして、こいつに名前を呼ばれるだけでこんなにも身体が震えるんだろう。
まるで十代のように、ドキドキしながらこいつの声に浸ってしまった。





バタンという音で目を開いた。
ふわふわとしたベットは明らかに自分のベットではない。
視線を伸ばすと大きな窓ガラスに広がるパノラマ。
宝石のように煌めく夜景があった。

「目、覚めたのか」
見なくたって分かっているそれは奴の声。
身体を起こそうとすると頭がズキンと……

ゆっくりとベットに手を掛けて置き上がると、身体に感じる柔らかな空気。
キャミソール姿の私がいた。