天邪鬼

4話
「マジですか」
思わず口から洩れた言葉。
隣に誰もいないのをもう一度確認してからはっとした。
如何にも高級そうな羽布団の中、そっと下半身に手をやると、きちんとつけるものを身につけていてホッとしてる自分がいた。

「何にもしてねぇって」
今まで気配すら感じていなかったというのにこの男。笑いながら近寄ってくる奴に目を向けると、バスローブをはおっていた。
胸元を肌蹴たその姿。

「ちょっと服着なさいよ、服」
枕を投げつてみるものの、奴はひょいとそれを交わして、当たり前のように私の隣に腰かけた。
思わず私は、身を縮ませる。

「何よ」
強がってはいるものの、声は微妙に裏返ってしまって。

「何よってお前」
鼻に掛けた笑いの後訪れた一瞬の静寂。
嫌な予感が。



奴の人差し指が私の顔の前で止まって、ゆっくりと下に降りていく。
私の身体は更に固まってしまって。
視線だけが奴の指を追っていた。

無駄に長くて、綺麗な指が私の肩口で止まると、指先で私のキャミソールの紐を弾いた。
さらっと落ちる肩紐。

「龍太郎って呼んでくれないのか?」
こいつの声はある意味媚薬だ。

呼んではいけないって思う自分と今すぐにも叫びたい自分。
もうずーっと前に感じたこいつの胸の中を思い出してしまった私は、耐えきれずに
「龍太郎」
愛しくてたまらなかったその名前を言って目を閉じた。

「春日が悪い」
そう耳元で囁かれると。
私はまたベットに横たわっていた。

龍太郎の唇が私の頭に、おでこに、頬に鼻にゆっくりと乗せられる。
片手で頭の後ろを掴まれて私は横を向く事だって許されない。
逃げるつもりなんてないっていうのに。

しつこいほどに、顔じゅうに唇を落とす癖に、わざと唇には触れてこない。
こいつはいつだってそうだった。
忘れてしまうほど昔の事だったけれど……
そう、いつも私はそんなこいつに痺れを切らして、両手でこいつの頭を掴んで私の唇に導いたんだっけ。
薄眼を開けて数センチ前のこいつの瞳を覗くと、しっかりと私の顔が写っていた。
こんな顔しているんだ私って。
もう限界とばかりに、いつしかのようにこいつの後頭部へ手を回すと私の唇に引き寄せた。

柔らかい唇は昔のまま。
そして、こいつは人が変わったように私の唇をむさぼり始めた。
久し振りの感覚だった。
他の誰とも違う、龍太郎の……
身体の奥がジュンと音を立てた。

これでもかって言うほどの雰囲気の最中。
「痛っ」
頭を動かした私に襲ったその痛み。

後頭部に手を添えたまま、ゆっくりと龍太郎の唇が私から離れてしまった。
「馬鹿、飲みすぎなんだよ」
そんな言葉も私には心地よくて。

身体はこれでもかって言うほど、龍太郎を欲しているというのに私に襲いかかる頭痛は相当なものだった。

「ごめん」
それしか言えなかった。

「いいよ、春日の本当の気持ちも聞いた事だし」
龍太郎の意味ありげな言葉。
私は何を言ったのか、全く見当もつかなかった。
私の顔を見て察したのだろう。

「お前が覚えていなくても、しっかりと聞いたから」
そう言うと、私のおでこに軽く唇を這わせて私の隣に寝転んだ。