電車通学

彼の電車通学

俺はこの春先、毎日乗る電車を1本遅くした。
理由は簡単、空いているからだ。

一年乗っていた電車は途中の学校の登校時間にぴったりらしく、学生が大勢乗っている。
1本ずらせばその込みようは全く違うと言う事に気がついたのは、高校に入学してから一年も経ってからだった。

駅から徒歩では遅刻ぎりぎりの電車だったが、春休みに家で乗らなくなった自転車を高校の最寄の駅まで漕いで置いてきたので、遅い電車でもHRが始まるまでには余裕もできたのだ。

反対のホームに着く電車はいつも満員。
俺は反対の電車通学だけは避けたかった。
朝からあんな疲れていくなんて考えたくもない。
大学や仕事に行くのなら仕方ないが、高校からあんな電車に乗るなんてな。

そして、今日もふいに反対側のホームに入ってくる電車を同情の目で見ていた。
車両の中程に、セーラー服を着た女の子がいた。
俺がその子を目にとめたのは、彼女は何やら不満があるのか口を尖らせて眉間に皺を寄せていたからだ。

もしかして痴漢にでもあっているのか?とも思ったのだけれど、そうでもないらしい。
直ぐに何かを思い出したように、今度はニコニコ笑みを浮かべていた。
時間にして、20秒位だろうか?
第一印象は変な女だ。
ただそれだけ。

いつも俺は電車を待つ間、本を読んでいる。
いつだったか小説に没頭してしまって、目の前に着いた電車に気がつかず遅刻してしまったことがあるくらい本が好きな俺。

本さえあれば何もいらないと思っていたのだけど、
何となく反対のホームの電車に乗る彼女を捜してしまう自分がいた。

一人で乗っているんだろうに、その表情はくるくる変わって面白い。
一体何を考えているんだか。
まあ、向こうはそんな顔を見られているとも知らないだろうから、そんな顔をできるのかもな。

今日も向こう側の電車に目を向けたのだけど、そこに彼女はいなかった。
かといってどうこう思ったりはせず、また本を読む。

次の日もその次の日もそこに彼女はいなかった。
電車を変えたか、他の車両に移ったのかもな。

結構面白かったのに、なんて思っていたのだが。

ある日、ふと前の電車を見ると彼女がいた。
車両の中程ではなくドアの前に。

彼女はというと、後ろの乗客に押されドアに押しつぶされていた。

彼女は顔をドアにぴったりとくっつけ、手はカバンを持ったままの状態で万歳状態。
その表情は何ともいえず、というか何も言えない位おかしくて、やっぱり彼女らしいというか、俺は笑いを堪える事が出来ず、本を立てに笑ってしまった。
少し落ち着いてもう一度彼女をみると、まだ同じ体制でドアに引っ付いていた。

ギャグだ。ギャグでしかない。

その日俺は一日中彼女の顔を思い出しては笑わずにはいられなかった。