電車通学

日曜日の朝
「圭吾、今度の日曜日さ――」

「パス」
まだ話しの途中だった真治の声をスパッと切って本に目を落とした。
顔を上げなくても解る、真治はきっと呆気に取られて俺の顔を見てるのだろう。
何となく視線が痛い。

「お前なぁ。まだ何も言って無いだろ、冷たい奴だな。たまには相手しろって。俺暇なんだよ」

「駄目」
そうその日は郁と一緒に公園に行く約束があるから、これは譲れない。

「郁ちゃんか? どうせまだ予定は入ってないんだろ? たまにはいいじゃん、先月オープンした古着屋なんだけど、圭吾の好きそうな洋服ありそうだぜ」
ここまで言う真治は珍しくて、俺は読みかけの本を閉じると真治の顔を見上げた。

「なっ圭吾行こうぜ」
どうしてそこまで食い下がるのか、きっと理由があるんだろう。
真治は解り易いからな。ちゃんと理由を言わなくちゃいけない気がした。

「悪い、その日は郁と出掛ける予定を入れてあるんだ。なんだったら今日バイトないし放課後に行くか?」
真治の言った店はここから俺の地元から二駅先。いけない距離じゃない。真治からいい返事がくるとばかり思っていたのに、こいつ信じられない事を言いだした。

「いや、日曜がいいんだ。そうだ、どうせだったら、郁ちゃんに俺会わせがてら、俺も一緒に出掛けるってはどうだ? いい加減会わせてくれたっていいだろ。俺、郁ちゃんに会いたいし」

は? 何で真治がピクニックに?
まあそうだよ、いろいろ世話になった真治に紹介したいとは思うけど、その日だけは絶対駄目だ。
郁のおにぎりだぞ。絶対駄目。沸騰しかけた頭をぶんと振って言葉を探した。
まさか、郁のおにぎりを食わせたくないだなんては言いたくないから。
それより以前に公園に遊びに行くだなんて言いたくないし。
そんな事行ったらこいつマジでついてきそうな気がするから。

「その日だけは駄目なんだ。だったら土曜か来週の日曜日は?」
俺にとったら最大の譲歩だ。
秋晴れの天気が続くこの時期、週末は郁と出掛けたくてバイトのシフトは入れてなかったはずだから。
その分、平日はいつもより多く入ってるけど。

真治はどこぞの漫画に出てくるやつみたいに、腕を組むと暫く考え込んでいた。
考え込んで出た答えは意外なものだった。

「土曜かぁ。それじゃあ、来週の日曜日にしとく。ドタキャン無しだからな」

なんだかごちゃごちゃと聞こえたが、真治は来週の日曜で納得したらしかった。
何で俺がついていかなくちゃなんだとも、やっぱり思うけどあんまり深く考えない事にした。
真治には悪いが、俺の頭は既に日曜日のピクニックでいっぱいだったのだ。

そして、待ちに待った日曜日。
俺は物置の中を捜索中。
確かここにしまってあるはずだと思ったのだが――。
我が家では、めっきり用を無さ無くなったビニールシート。
あった方がいいよなぁと昨日から探しているのだが、全く見当たらない。
母さんに聞けば一発で解るのだろうが、何を言い出すのか解らないだけに躊躇している。
待ち合わせの時間まで後二時間。
コンビニで買えばいいかと思いなおした。

物置のドアを閉めて玄関に入ると、母さんが俺を呼んでいた。
やけに機嫌のいい声で、ちょっと引いてしまう。
一体なんだって言うんだ。
また突拍子も無く買い物を頼まれるのだろうか。
キッチンに入ると鼻歌を歌う母さんの後姿。
一瞬声を掛けるを迷ってしまった。
俺の気配に気がついた母さんが、満面の笑みで振り返った。

「圭吾、今日郁ちゃんと会うんでしょ?」
それはそれはニヤーっとした顔で、返事をするのを止めようかと思うくらいなのだが、どうしてか、幼い頃から母さんに逆らう事はインプットされていない俺。

「ああ、そうだけど」
ピクニックだとか、そんな余計な事は言わないけれど、それでも何だか照れるっていうか何て言うか。
微妙な気分だ。

「良かった。圭吾今日バイト無いって言ってたし、昨日から嬉しそうな顔してたから、そうかなぁって思ってたのよ。はい、これ。郁ちゃんに持って行ってあげて」
そう言って差し出されたのは、甘い香り漂う代物でして。

「郁に?」
郁にって言われて渡されたのに、思わず聞き返してしまった。

「そう、郁ちゃんに。だって圭吾、あれから郁ちゃん連れてきてくれないから」
何だって母さん、そんな口窄めて言う事じゃないだろ……

でも、あれだ。甘い物好きな郁だったら絶対喜ぶよな。
母さんには面と向かって言えないけれど、母さんの作ったお菓子はお世辞抜きに旨いから。

「サンキュ」
丁寧にラッピングされた箱を持ち上げると

「あっチーズタルトだから大丈夫だとは思うけど、さかさまにはしないでよね」
なんて、言われた。
それくらい解るっていうの。俺の事いくつだと思っているんだか。

何だか妙に照れくさくなって、タルトの入っている箱を持ち上げると、その場を離れてしまった。
背中を向けた途端にさっきより、大きな鼻歌が聞こえてきた。