業務連絡


ピーンポーンパーンポーン

「業務連絡です、業務連絡です。鮮魚担当の新井さん、至急売り場に戻って下さい。繰り返します。鮮魚担当の新井さん至急売り場に戻って下さい」

店内に緊張が走る。

レジを打つ手を一瞬止めて、隣のラインでレジ打ちをしている大山さんの顔をみた。
大山さんはレジを打つ手はそのまま、私と目が合うと、少しだけ顎を引いてアイコンタクトをした。
実はこの店に新井さんなる人物は働いていないのだ。

あいつが来たのだ。
目線をお客様の籠に下げて、一つ一つ、品物を持ち上げる。そわそわしているのを悟られないように、最後の品物を持ち上げてニコリと笑ってみせた。きっと微妙な笑みだったに違いない。
本当だったらすぐにでもあの場所に向かいたいのに、どういう訳だか私の担当するレジは結構な行列。2つ向こうのラインの神田さんなんて、早々と、休止中ですのプラカードを出しているし……

そして、暫くすると肩を落とした店長の姿が目に入った。
今日も駄目だったんだ。

スーパーは万引きには格好の場所らしい。
比較的背の高い棚が多くの死角を作り、万引きしやすいのだそうだ。
パートを始める時の研修で、予め万引きの損害額を設定していると聞かされた時は驚嘆したものだ。それも怪しいと思っても、確実にその現場を捉えないと捕まえる事が出来ないというではないか。疑わしきは罰せずといったところだそうだが、何ともふに落ちないとこだ。

そして話は戻って今日のその人物。
歳の頃は50代といったところだろうか? いい年をしたおっさんだ。

ヤツは強敵だった。
何せ、捕まえても証拠がなくなってしまうのだから。

ヤツは、いつも真直ぐにそのコーナーへと向かう。
そして、おもむろに手を伸ばして


食べるのだ!


そう、そいつは惣菜コーナーのコロッケを見事なまでの早技で食べてしまうのだ。
そして、何食わぬ顔で元来た道を戻っていく。

盗られたものがあれば良いのだが、気がついた時には既に胃の中。
私達に術はないのだ。

あの店長の悔しそうな顔。
業務連絡が掛ってから2人目のお客のレジを打っていると、悠々と店内を出て行くヤツの後姿があった。


曜日も時間もまちまちな神出鬼没ときたからやっかいだ。
次はいつ来るのだろうか……


そしてまた、店とコロッケ食べ盗人との攻防が始まる。