気配


「今年、車検通す?」

「そうだな、頑張りすぎかもな」

結婚前から夫が乗っていたセダン。
かれこれ15年近く乗り続けた。
古い車は税金も高くなるし、燃費もすこぶる悪い。
この辺が潮時じゃないか、旦那の車なのに勝手な話だが、ここ何年かはそう考えていた。
今回の車検を切欠に車を買い替えたい。
私だけではなく子供達の希望でもあった。

夫からよくも悪くもない返事を貰ってから私は1日に何度かインターネットで車の相場を調べていた。
そう言えば、昔の同級生が自動車会社に勤めてよく言ってたっけ

「絶対中古はお勧めしないから」
と。
彼は新車の営業だったから、1台でも多く売りたい為にそう言ってるんだよな。なんて思っていたからその後理由も言っていたのに私は左から右へと話をスルーしてしまっていた。

車検も後2ヶ月をきっても夫は腰を上げずにいた。
私は日々近づく車検の日と新しい車に乗りたいという子供の要求に痺れをきらし、僅かな貯金と相談しながら段々と中古車を扱うサイトにも顔をだすようになった。

私の希望はコンパクトだけどたくさん人も乗れて燃費の良いものだった。
休みの時もただゴロゴロしているだけの夫を尻目に今日もまた車の事を調べるためパソコンにかじりつく。
基本夫は家の事には無関心なのだ。

ある日1つのサイトが目にとまった。
サイト内に並ぶ車の写真。
私達が望んでいた車そのもので、思わず会社にいる夫に電話をしてしまった。
旦那は
「そんなにいい条件じゃ何かあるんじゃない? 事故車かもよ」
と一言。
夫と話しても埒があかないと判断し、地元の整備工場をしている友人に電話をした。
「ネットで掘り出しものがあったんだけど……」
と説明すると
「いいよ、明日の午前中なら時間取れるからみてやるよ」
と気のいい返事をくれた。
その友人とは所謂幼馴染で、中学の時の私の親友と結婚している。
家族ぐるみの付き合いをしていた。
翌日、彼、長田要と彼の奥さんである私の親友弥生とドライブがてら車を見に行くことにした。
ネットでみた中古屋は隣県にあり車で1時間半程、お互い子供達は学校へ行っていていないのでまるで学生時代に戻ったように会話も弾みあっという間に辿りついた。

「どれどれ、俺が頑張って見ましょう!」
中学時代と変わらないおどけた声を出し彼は店の中へと入っていき、私と弥生は外に展示してあるお目当ての車に近づいた。

「あっこれこれ」
そこには新車同様の光沢を放った一台の車。

「ふーん、良いじゃん」
弥生も同調してくれた。

そこに要が店員さんとやって来た。
キーをもらい全てのドアを開け丹念に調べていく要。
さっきのおどけた表情とは違い真剣な眼差しだった。

10分後車のチェックを終えた要と私達は試乗することにした。
店員さんは要の職業を知ると
「じゃあ安心ですね」
とキーを預けてくれた。

この車しっかりナビまで付いていてここら辺を知らない私達にも迷う事無く試乗に出られた。

「なあ、佳代。この車な見たところどこもぶつかってなかったぞ。フロントのバンパーだけは交換してあったけど、ボディは全然いじった形跡なしだ。3年おちで車検も今年の正月明けに取ってあるから後1年以上残ってるし、距離だって1万も走ってない。超絶品だ。おまけに相場より30万も安いとなれば奇跡に近いさ。でも引っかかるのが、何でこんないい状態で売りに出したのか?って事と後、相場通りに売ったって買うだろうに何でこんなに安いかだ」
要がそこまで言うと弥生が口を挟んだ。

「だって、こんな田舎だよ。(確かにここは田んぼに囲まれてもう2キロも行けば山の中だ)目玉でもなくちゃここまで人こないんじゃないの? 佳代だってこの車を見にわざわざこんな時間かけてまで見にきたじゃない!」
興奮気味に話した弥生に

「なるほどな」
と一人呟くと要はナビを頼りに店へと戻った。

お店の人は
「如何でしたか?」
とにっこり笑って聞いてきた。

「快適です」
と私が言うと要が

「ハンドルのぶれもないし、アクセルの癖もない。こんな極上品の車が何でこんなに安いんですか?しかもどうしてこれを手放してしまったのかが気になりますね」
と笑顔で応戦した。

「さぁ私共はそこまでは――」
一瞬言葉を濁したがさっきの弥生と同様に
「目玉車でしたから」
と苦笑した。

「じゃあ私が購入したら目玉がなくなっちゃいますね」
と言うと受けたのか一斉に笑う。
ただお店の人だけは笑っていなかったのを私達は見逃してしまっていた。
その日はただ見に来ただけのはずなのに、この車が私を呼んでいるような気がした。

いつもだったら、洋服一着でさえ夫に相談する私が財布の中から何枚かのお札を手付金変わりに差し出してしまった。
横で見ていた要が心配そうに
「一晩考えてからの方が」
と言ったのだが弥生に背中を抓られたようで「うっ」と小さい声を出し黙ってしまった。


帰りの車中、要はぶつぶつと何か言っていたようだが私はさっきの車が我が家に来るかと思うと胸が弾んだ。
自分の思い描いた理想通りのこの車に出会えたのは、大げさかもしれないが、運命なんだとさえ思った。

子供が帰ってくる時間も迫ったのでお昼も食べずに弥生達と別れた。
このお礼はまた今度ゆっくりと言う事で。
車の事は初めに夫に話してからと思っていたので子供達にはまだ秘密だ。

しかし、顔は相当緩んでいたようで
「母さん何か良い事でもあったの?」
と不思議顔の子供達。
「どうでしょう?」
と要のようにおどけてみせた。

夫の帰りはいつも遅い。
日付をまたがない方が珍しいくらいだった。
その日も例外なく夜遅くに帰ってきた。
冷めてしまった夕食を温めなおし食卓へ、夫は静かに食べ始めた。
私はその間コーヒーを飲みながら食事が終わるのを待った。
視線の先にテレビがついていたのだが、私はあの車の事を話したくてうずうずし、心ここにあらず、アナウンサーが見えてはいたが何を話しているのかは全く耳に入ってこなかった。

「何かあるんだろ」
私の顔をみてわかったらしい。
遅い夕飯を食べ終えた夫に待ってましたとばかりに今日の事を興奮しながら話し始めた。
途中顔をしかめながら聞いていたが最後には
「お前だけなら信用ないが、要が見たのなら安心かもな」
そういってしぶしぶながらも了解を得た。
もし、反対されてもこれだけは譲れないそう思っていたので、しぶしぶながらも了解を得た事に安堵した。

翌日、夫の気が変わらないうちにと早速銀行に行って教えて貰った口座へと残りの頭金を振り込んだ。
手にした事のない現金に手が震えた。
夫抜きでこんな大きな買い物をするなんて一生無いに決まっている。
私はその足でお店の人に言われたように、車庫証明の手続きをし、印鑑証明を用意し、etc.すぐさま準備を整えた。
後は車庫証明の申請が終われば終了だ。

そうして、それから1ヶ月後。我が家に車が届いた。

しぶしぶ了承した夫だったが車を見るなり
「いいじゃないか」
と気に入ったようだった。
子供達も大喜びではしゃぎだす始末。

15年乗っていた車を店の店員さんに乗られて去っていくのを見送る時は夫の背中が寂しそうだった。
同情もしてしまった。私にとっても思い出の車で有る事は違いない。結婚する前のデートも子供を産み、病院から退院する時も、数少ない家族旅行に出かけた時もいつも一緒だったのだから。
気を取り直し、早速家族でガソリンを入れに試運転しに出掛けた。

この新しい車に乗り込むと直ぐに次女の結衣が
「この車寒くない?」
と言い出した。
今は夏真っ盛り、外は日よけがなければいられない程。

「そうか?冷房効きすぎか?」
夫はそうは言うものの私も長女の奈津も丁度いい、適温だ。

「風邪でも引いたかしら?」
後ろの席を振り返ると確かに結衣は少し顔が青ざめているようだった。
手早くガソリンを入れ自宅に戻った。

「自分のベットで横になっていなさい。」
そういうと結衣は小さく頷きベットへと。
横になった結衣のおでこに手を当てるも熱はないようだった。
熱射病にでもかかってしまったか? 
と思ったけれどもベットに入って横になってからは顔色も良く呼吸も落ち着いてきたようだった。

リビングへ戻り結衣の落ち着きを話すと夫も奈津も安心したようで
「車がきて最初に行くのが病院ならなくて良かったよ」
と笑った。

買い物も近くにスーパーがあるので、その車が来てから数日は乗っていなかったのだが、日用品が足りなくなった物があり郊外のホームセンターに行く事にした。
勿論、車に乗って。
前の車は古くなったせいかエアコンのききが悪く何度ガスを入れても効果は続かなかった。
それに比べてこの車の快調な事。
エアコンだけでなく小回りもきくし、それに燃費の違いは主婦にとったら大助かりだ。
ホームセンターへ向かう道すがら、いつもように細い路地を通っているとまるで頭の中に響くように



右… 右…



と2回聞こえたような気がした。
私は何気なく軽くブレーキを踏み右側をみると、

キーッツ―

という音と共に交差点からスポーツカーが飛び出してきた。
ぶつかるまで後ほんの15cm程だろうか、相手の恐怖に怯える顔もはっきり見えたのだった。
私の鼓動も早くなる。

後少しでもブレーキを踏むのが遅かったら…
右側を向いていなかったら……

車を一旦路肩に止め、天の声とも言えるあの声に感謝していた。
落ち着き取り戻してからまたホームセンターへの道のりを慎重に運転していった。

きっとおばあちゃんが私を助けてくれたのかも。
10年前に亡くなった祖母を思い浮かべながら今年のお盆は良くお礼を言おう。
そう思ったのだった。

そして、いつもの日常。
玄関を出て、ガレージの車が目に入ると自然と笑顔になる私がいた。
良い買い物をしたと。

小5の結衣はピアノを習っている。
その日は雨が降っていた。
送って行くと言うのに、結衣は大きく首を振る。
傘を差して歩いて行くからいいと。
自転車で行く分にはいいのだが、この雨の中を歩いて行くには少し距離がある。
心配だからと、半ば無理やりに車に乗せた。
結衣は後部座席で、レッスンバックを抱えピクリともせずに座っていた。

ピアノ教室の前まで送ると
「帰りも迎えにくるから」
と結衣に告げその場を後にした。
車が来た初日から結衣は車に乗るのを出来るだけ避けていた。
理由を尋ねても
この車は乗りたくないと、一点張り。
多少引っかかる事もあったが所詮子供言う事と取り合わなかった。
そして、奈津に夕飯を食べさせた後、結衣を迎えに行くために家を出た。

そして、ピアノ教室へと向かう道すがら今度はこの前もよりもはっきり聞こえた。


左…  左…

と。この前のように軽くブレーキを踏み左側を注意していると左側から塾帰りだろう中学生がヘッドホンをした状態で私の車に向かって飛び出してきたのだった。

瞬間、目を瞑りありったけの力でブレーキを踏みしめた。
タイヤの擦れる甲高い音と同時に、体中に重力が掛り、シートベルトが体に食い込む。
そして、車が止まった。
恐れていた衝撃音は聞こえなかったと思う。

私の緊張が高まる、その証拠に私の両手は、ハンドルを握りしめたまま開く事が出来なかった。

恐る恐る目を開けるとバンパーの鼻先にガクガク震えながら自転車に跨ったままの状態で中学生がいた。

少しの間、私達はお互いを見つめて固まっていたと思う。
そして、先に我に返った彼が私に深くお辞儀をするとそのまま通りすぎていった。

私はその後も車を止めたまま暫くぼーっとしていたらしい。後ろからのクラクションで我に返った。
後もう少しで人を轢いてしまうところだった。

一度だけではなく2度も助けられるとは。
ピアノ教室に着き結衣の顔を見てほっとする。
青い顔をしていたのだろう心配そうに私の顔を覗きこむ結衣。

「大丈夫だよ」
そういって自宅へ向かった。
結衣は行きと同じように、レッスンバックを抱きしめて身動き一つしなかった。

その晩帰ってきた夫にこれまでのことを話すと
「予知できるのか?」
と馬鹿にしたような失笑。
信じてはもらえなかった。

そうか、予知か。
旦那は馬鹿にしていたようだが、もしかしたら私は危険を予知できる能力を持っているかもしれないなどどと一人納得してみたりして。

その後も何度かそんなことが続いた。
前を行く車のゆっくりさに痺れを切らし追い越そうとした時
後ろ、後ろと聞こえ振り向くと丁度私の後ろを走っていたバイクが私の車と前方の車共々追い越そうとしていたり、突然子供が飛び出してきたり。

だけど、いいことばかりではなかった。
少し離れたショッピングセンターに出かけた帰り道。
それこそ何度も通った道なのに、気がつくと全然知らない街にいたり、幸いナビが付いていたので帰ることは出来たのだがどうしてそんなところに行ってしまったかは解らなかった。
ある時は友人と美味しいと評判の店にランチをしに行き駐車場にとめようとしたら、車止めの縁石がそこだけ壊れていて危うく川に落ちそうになった事もあった。

決まってその時違和感を感じて後ろを振り向いてしまう自分。
誰も乗っているはずのない後ろのシートには今まで誰かが座っていたかのようなそんな違和感があった。

あの日のお礼にと今日は要と弥生の元へケーキを持って訪れた。

「要、ありがとうね。お陰で車絶好調だよ。」

「おう、そりゃあ良かった、それにしてもこの前会ってからあんまり経っていないのに随分と痩せたんじゃないか?」

「羨ましい〜」
弥生はそう言った。

「夏バテよ」
そう言ってみたのだが。

体重計には乗っていないが確かに痩せたのは解る。
ジーンズやスカートのウエストが緩くなっていたから。

「でもさ、佳代。痩せて羨ましいとは思うけど、あんたやつれてない?旦那待つのも大事だけど、たまには先に寝てゆっくりやすみなよ。」
弥生は心配そうに私を覗きこむ。

要も
「そうだぞ。こいつなんてとっとと先に寝てるし、なんていうのは冗談でこれ以上痩せたらちゃんと病院行った方がいいぞ。」

弥生もうんうんと頷いていた。

「ありがとう、でも本当に大丈夫だから。ちょっとした夏バテよ。」
もしかしたら病気かもと一瞬不安も過ったが自分に言い聞かせるように夏バテよ、そう繰り返した。

弥生のところで楽しく過ごした後、車に乗って家路につく。
確かに、ここ最近は身体がだるい気がする。
特に車に乗った日は。
でもそれは、新しい車になってぶつけない様に神経を使っているからだと思い込んでいた。

その時いつもとは違う声が頭の中に響きわたった。


もう少し


と。いつもと違う声に戸惑いをおぼえ、周りに神経を尖らせて車を走らせる。
何事も無く家に着いたのでホットした。
気のせいだったのかもと。

ある日の事だ、朝食を終えたリビング。
後片付けをする私の後ろを見つめる結衣がいた。

「どうした?」
そう言う私に。

「お母さん、今日車に乗る?」
と何の脈絡もない言葉。
あれだけ車の事を避けていた結衣がどうしてそんな事を言うのか正直気になった。

「予定はないけれど、何で?」
私の言葉を聞いて、一瞬ほっとする顔を見せる結衣、しかしその後すぐに顔を顰めた。

「何だか、怖いの。どうしてだか分らないけれど、あの車怖いの。冷たい感じがするし。それに……」
声を詰まらせる結衣。
私は食器を洗う手を止め、結衣の前に膝をついた。

「それに?」
できるだけ優しい声で問いかけた。

「あの、あのね。」

その時、玄関から奈津の声が響いた。
「結衣早くーっ。学校行くよー」と。

結衣は、置いてあったランドセルを背負い小さな声で呟いた。

誰かね、乗ってる気がするの



バタンと玄関の閉まる音がした。
子供達が家を出た事に気がつく。
私は今、どうしてた? いってらっしゃいと言っただろうか。

正直、それは感じた事がある。
背中に感じる視線のようなもの。
でも、それはきっと私を見守る祖母のものではないかと思い込んでいたのだ。
実際、あの声は私を助けてくれていたのだから。


その日の晩を境に夜な夜な魘される事になった。
私が人を轢いてしまうものや、大型のダンプに突っ込んでしまう夢。
散々魘され続け、目覚める時に声がするのだ。


おはよう、目覚めは如何?


と。それはあの声に似ているようなそうでないような。
元々楽観的なところがあるので所詮は夢だと思いたいのだが、こう毎晩続くと嫌でも気になってしまう。そして、あの結衣の言葉。
食欲も失せ、外に出るのも億劫になってきてしまった。
車に乗ることも意図的に避けていた。
私に無関心だった夫まで、心配する素振りを見せるようになった。
そんな時高校時代の友人から電話があった。

久し振りに話す彼女は変わらず明るく、沈んでいた私の気持ちを少し引き上げてくれた。
車のことも話してみた。
すると彼女は
「家の中にいるからそんなこと考えるのよ。たまには出てきたら?」
と誘ってくれた。
彼女の言う通りかもしれない。
私は出かける約束をしてしまった。






そして数日後―
その日、電話で話した高校の時の友人宅に向かう為に片側3車線の国道を走っていた。
子供達の帰ってくる時間もあるので時間が読めるように電車で行こうと思ったのだが、玄関をでてガレージに眼をやると、私は無意識の間に車に乗っていた。
シートに腰掛けた瞬間背中に悪寒が走った。
電車で行くんだから、と思い立ち上がろうとするも、どういう事なのか腰が立たなかった。
一体どういう事なんだろう。
暫くそのまま運転席に座っていたら、私は車で行って早めに帰ればいいかという気持ちになりエンジンを掛ける。
平日の昼間田舎へと向かう道は空いていて、快適なドライブだった。
一度ハンドルを握ると気分が高揚するかのように最近感じていたあの重苦しい気分が消えていく気がした。そうよ、きっとあれは私の思いすごし。結衣もきっとそう。
何事も無く車を順調に走らせていると、BGM代わりに聞いていたラジオが突然ニュースに切り替わった。電車の事故だった。

まさしく私が乗ろうとしていた電車だった。
幸いな事に死人は出なかったようだが、電車はストップされていて復旧の見通しがつかない様子。
もしかして、また助けられたのかも。
そう思わざるおえなかった。
やっぱり私の味方なのかもしれないと更に気を良くした。


それからまた暫くすると


前… 前…


とあの声がした。
前? 
わき道も見当たらないし、私の他に走っている車は殆ど見当たらなかった。

その時だった。

バサッっ

と音がしたかと思うと突然、私の車のフロントガラスいっぱいに広がる真っ黒い影。

それは長い髪の女。
時速70キロで走っている車に突然現れた。

フロントガラスにへばりつく女の顔は半分つぶれていた。

至近距離で


ニヤリ


と笑う青白い顔。
バッチリ眼が合い背筋に冷たいものが……

心臓が大きく3度波打ったかと思うと意識が遠のいていった。
その私の耳に最後に聞こえたのは




だから言ったじゃない




という言葉と高笑いだった。


私が次に気がついた時にはどういう訳だか空高くにいるらしく道路を見下げていた。
良く見ると私の車が道路の真ん中に止まっている。
パトカーや救急車がいて警察の人が交通整理をしている。

そして、その脇には救急隊員が心臓マッサージをしている姿。
そう、されているのは私だった。

今更ながらに思い出した、車の営業をしていた同級生の言葉を

「いいかぁ、車がいくら綺麗でもほんのちょっとバンパーにぶつかっただけで頭の打ち所が悪くて死んじゃう事があるんだぜ。子供なんて背が低いからちょっとかすっただけでも吹っ飛ばされてな。そんな車を手放す奴もいるからさ、だから修復暦がなくても”いわくつき”っての多いから気をつけなくちゃ駄目なんだぞ」
確かそう言ってたな。

ふと感じる気配。
隣をみると先ほど私の車に現れた女性だった。

ありがとう、貴方のお陰でやっとこの車から離れられるわ。
それにしても貴方の鈍さには参ったわ。
下のお子さんなんて一瞬で私の気配を感じてたんだから。
そう言った。

どうやら私は心臓発作で死んでしまったらしい。
今日は葬式のようで夫と子供達が私の棺にすがり付いて泣いていた。
そんな光景をぼーっと眺めていたら、結衣がこちらを向いた。
あの女性の言うとおり結衣にはわかるのかもしれない。




その後、あの車はどういう経緯を辿ったのかあの中古屋に並ばれている。
そうあの中古屋に。

私は車から離れられないらしい。
次のターゲットを待つ身なのだと彼女は消え際に呟いた。

こちらを振り返りながら歩く中年の女性2人組。
「あら、この車。前にあった車と同じかしら?」

「そういえば随分前に似たような車あったわね。凄く安くてうちも見にこようって言っていたっけ」

2人は車の前で足を止めこちらを見ている。

「ちょうど、うちの子免許取ったばかりで1台考えていたのよ」

私はありったけの力で彼女達を手招きした。



もっと近くに。

もっと近くにと。



すると吸い寄せられるよういこちらに向かってくる。
丁度そのタイミングで店の中から店員がやってきた。

「いらっしゃいませ〜」
にこやかな笑顔を浮かべ彼女達に近寄っていく。

店員は一瞬こちらに眼を向けた。
そしてニヤリと笑ったのだった。

きっとこの店員ははじめからわかっていたのかもしれない。
私がここに来たあの日から。

あれから1年経っていた。
いい加減落ち着きたい。
人を殺めるようで避けてきた行為だったが私はこの車から離れる決意をしてしまった。

2人組のおばさんにターゲットを絞り、



乗ってみなさい、買ってみなさい



2人の耳元で囁き続けるのだった。