涙の訳

出会い
避けてはいけないと思うけれど、何となく気まずくて夏休みはサークルに顔を出すことなく終わってしまった。
休み明け。先輩に会いたいような会いたくないような。
気長に待つよと言ってくれた先輩の言葉に甘えてしまい、なんの答えも出していない私。
先輩は私を気遣ってか、たまにふいにくれたメールもあれからピタリと来なくなっていた。
それでも大学には行かなくてはと重い腰を持ち上げた。

残暑の厳しい9月。刺すような日差し。
帽子を深くかぶり家を出た。
大学内では、就職活動をしてる先輩が、普段見慣れないスーツ姿で闊歩している。
夏休み明けで浮かれている私達とは顔のしまりが俄然違ってみえた。
こうやって、大人になっていくのだなとスーツ姿の背中を見送る。
珍しく翔子に会わずに昼になったその日。
学内のカフェテラスに一人座り、軽めのサンドウィッチを注文した。
段々と混雑してきたカフェの中、丸テーブルに一人で座る私は声を掛けられた。
「相席いいですか?」
3人の女の子だった。
「じゃあ、私は」
とトレーを持って立ちあがろうとすると
「何だか、追い出すようで申し訳なってしまうので、良かったら一緒にいてくれませんか?」
と言われてしまった。基本的には顔見知りだと思っている私。
その誘いに戸惑ってしまったのだけれど、私はその中の一人の女の子の目に惹かれ一度浮かした越しを降ろしてしまった。
懐かしい感じのする目だった。
仲間だけで話をすればいいのに、何故だか私まで話をふってくるこの人達。
だけど、それはそんなに嫌なものではなく、軽く相槌をうちながら結構楽しんでいる私もいた。サークルのおかげだ。
私は、先にサンドウィッチを食べ終えて席を立った。お互い名前も言わずに良く話していたものだと不思議な感じ。
別れ際には
「またね」
と言われ「またね」と返す自分がいた。
あの子の目を見ると、胸が疼いて仕方なかった。
同性にときめいてる? ストレートの髪に切れ長の目が印象的な子だった。ただそれだけ。
湧き上がった不思議な感覚に戸惑う私がいた。
それから、その子に会う事はないまま、季節の変わり目が近づいていた。

大学の駅に降り立ち、街路樹を通る。
大学へと向かう道には沢山の学生がいて、皆同じ方向へ歩いているのだけれど、何故か私を見ているようなそんな気がした。
中にはすれ違いざま、まじまじと私の顔に見入る人まで現れたりして。
何がおこっているか全く解らない私。自意識過剰かもしれないが、大学の敷地に入ってからは私の顔を見るとひそひそ話をする人まで。
不安に駆られ、一人でいると泣きそうになった。
顔を隠すように下を向いて教室に入った。
携帯が震え着信を告げる。
翔子の文字にほっとした。
「何処にいるの?」
の短い文に
「A−302教室の後ろの席に座っている」
と返事をした。
さほどかからずに、隣に翔子が座った。
私の顔をみて、大変だったでしょう? と笑う翔子。
多分不安で顔色が悪かったんだと思う。
「どうした? もしかして嫌がらせされちゃったとか?」
久しぶりに見る真面目顔の翔子。
翔子は何か知っているのだろうか。

「もしかして、瑠璃子気がついてないとか言わないよね?」
翔子の言葉が理解出来なかった。
せわしくなく動き始めた心臓。
私は何か……やってしまったのだろうか?

もう授業がはじまるというのに、翔子は私の手を掴んで歩きだした。
空いた片手で鞄を掴み、引きずられるように教室を出てしまった。

「大丈夫だよ、っていうか何だか凄いことになってるんだけど」
笑みを含めたその物言いに悪い事ではないかもしれないという期待は出たが、不安な気持ちは拭いきれない。
大学のエントランスまで来て足を止める翔子。

「ほら。これだよ。あちこちにあるのに気がつかなかったんだ」
翔子の指の先には


あなたがいた。

正確に言うとあなたと私。
合格発表の日。
涙に零れている私の肩に手を置いたあなたがいた。
来年度の大学の募集ポスターとなって大きく張り出されていたのだった。

あの時は涙で見えなかったあなたの顔。
それは横顔だったけれど、優しい顔で。
誰が見ても、私が見てさえも大事に思っているのが伝わってくるようなそんな笑顔だった。

本当は、そんな事なんて何にもなかったというのに……
あまりの出来事に膝の力が抜け、床に座り込んでしまった。
膝だけじゃない、全身の力が抜けてしまったみたい。
手にも、首にも何処にも。
項垂れた私に、翔子が視線を合わせ、肩を抱いてくれた。

本当だったら、全部のポスターを剥がしてしまいたい。
でもそんな事なんて出来るはずもない。
良く見ると、学内にもちらほらと貼られていた。
合格番号が貼ってある板を真っ直ぐ見据え、涙を零す女。
その女を優しく、包む男。
そんな構図。
きっと、これが私でなかったら素敵な絵だと思う。
ここに写っているのは私であって私ではないのだ。

この涙は合格して流した涙じゃない事は私が一番知っている。
受からなければ良かったと願った涙でも有るのだ。
ここには一番ふさわしくない涙だというのに。

そして、折角封印した想いを再び呼び戻してしまう。
この数か月、会いたくて会えなかったこの人に。
毎日目に入ってしまうのだったら、いっそのこと――
大学を辞めてしまいたい。そこまで考えてしまう私がいた。

夏休み明け始まってそこそこの大学をサボる日が続いた。
翔子もあの日、私の想いを打ち明けてから何も言ってはこなかった。

そんな日が続き、私の変わった様子に母は気がつき始める。
何があったの? 身体は平気?
私の顔を見るたびにそんな言葉が飛び交う。
心配かけたくなんてないのに。
勇気のない私は立ち止まったまま。
部屋に閉じ籠る事しか出来なかった。