涙の訳

少しずつ

それから私は自然と、サークルへと足が向くようになってきた。
勉強で終えてしまった高校時代を取り戻すかのように、私は人との関わりを自ら繋ぎに出たのだった。
人の輪に入ると、自然と笑顔も出るようになるものらしい。そして性格も。
選ぶ洋服までもが、今までとは違ってきた。
ようやく、年相応になってきたという感じだろうか。
その頃になると、翔子に誘われなくても私はサークルに顔を出すようになっていた。
その翔子はというと稔先輩の友人でもある将人先輩に猛アタック中。
一枚上手の将人先輩にのらりくらりとかわされながらもめげずについてく翔子はとても可愛かった。

学校の講義にサークルに。充実した日々を過ごすと時の流れはあっという間で。
いつの間にか、夏になっていた。
夏というと、恒例の海で花火大会合宿らしい。毎年泊る民宿も決まっており、早々に出欠の確認も取られていた。
あまり、外で遊ぶ事のなかった私は日焼けも皆無の生活だったのに、この大学に入りそれは一変した。
アウトドアサークルだから、外で遊ぶのが当たり前な訳で、私はいつだって日焼け止めを多量に持ち歩く事に。
どちらかと言えば、色の白い私は日に焼けるとすぐに赤くなってしまうからだ。
海ね……。
この数年、水着になる場所に行っていない私には、当然スクール水着以外持っているはずもなく
将人先輩がいない日と限定で翔子を誘い買い物に行くことにした。
デパートに着きはしゃぐ翔子。その翔子が選んでくる水着は殆ど布地が少ないものばかり。
いくら、肌が弱いんだといっても「大丈夫だよ」なんて。翔子が大丈夫でも私が大丈夫じゃないんだから。
結局、私は自分が選んだ無難な水着を購入した。
翔子は「それじゃつまらない」と口を尖らせていた。

大学に通うからには、勉強が本分な私達。
当然、テストも有るわけで。必死で入ったこの大学。真面目に講義に出ないと落第するのは目に見えていた。
おちゃらけて見える翔子だが、意外といっては失礼だけど勉強の出来る子だった。
「集中力だけはあるんだよ」なんて言っているけれどそれだけでとれる成績でもないだろう。
きっと見えないところで勉強しているんだろうなと関心していた。

テストづくしの一周間を終えると、キャンパスの人はまばらになる。
地元に帰る人も大勢いるのだろう。
このころになると中庭には、制服を着た高校生もちらほら見えるようになってきた。
大学受験の為の見学だ。
去年の私もそうだったよな、と思い出す。
あの頃の私は……
そう思い出すだけでも、まだ胸がきゅーっとなる自分に驚いた。
普段は、考えないようにしているか、本当に忘れていたりして楽しい時を過ごしているというのに。
まだ、駄目なんだね。思いの深さは解っていたけれど、こんなにもとは。
だって、付き合っていた訳でもなんでもないのにな。
すれ違う高校生の喜々とした顔を見ていると思わず心の中で頑張ってねとエールを送る私がいた。

水着も日焼け止めも着替えも全部用意して、携帯の充電もばっちりで。
後は目覚ましを掛けて、起きたら出発。
そう思っていた合宿の前日。
ちょっと、頭がぼーっとするかなって思ったのは確かだったけれど。
翌朝の私は、目覚ましに手を伸ばすのが精いっぱいだった。
頭がガンガンして、立ちあがる事が出来なかった。
どうやら、風邪をひいてしまったらしい。
取り敢えず、連絡だけしなくちゃだと翔子にメールを打った。
迎えに来る稔先輩にもメールをと思ったのだが、面倒だったので翔子のメールの最後に
稔先輩にも連絡して欲しいと伝言を頼んで、ベットに沈み込んだ。
母が時間になっても起きてこない私を心配して、部屋に来た。
おでこに手を当てると
「夏風邪だね。今日はゆっくり寝てなさい、お昼になっても熱が下がらないようだったら病院にいこうね」
と優しい声を掛けてくれた。こんな時に親の有難味が身に染みる。
その後、母が持ってきてくれた市販の風邪薬を飲んで目を閉じた。
熱に侵された身体に薬の効用も手伝ってか私は深い水底に沈むように眠りについた。
目が覚めた時には、もう夕方近くになっていた。
朝程の頭痛はないが、ぐっしょりと汗を掻きパジャマが身体に張り付いて気持ちが悪かった。
のっそりと起きだして、下着もろとも全身に纏わりついたパジャマを脱いでタオルで体を拭った。
新しいものに身を包み、脱いだものを洗濯機へと運ぶため階段を降りた。
寝疲れと風邪からくるだるさで一瞬よろけそうになるも、壁に手をつき身体を支える。
物音に気がついた母がリビングから顔を出した。
「大丈夫?」
心配そうに声を掛ける母に唇をあげ笑って見せた。
朝から何も食べていない私に母はおかゆを用意してくれていた。
温めなおしたおかゆを食べると、すこしだるさが抜けたようなそんな感じ。
お昼過ぎに覗いてみたら、ぐっすり眠っていたのでそっとしておいてくれたことを聞かされた。

冷蔵庫からスポーツ飲料のペットボトルを取り出して、自分の部屋に戻った。
おかゆを食べている間に、新しいシーツと交換してくれたようで
少しだけ折られた羽毛の掛け布団の下には真っ白で皺の無いシーツが広がっていた。
母の優しさが伝わってくる。
いつしか私に子供が出来たなら……私も母みたいな親になれるだろうか。
漠然とそんな事を考えた。ふと翔子を思い出す。彼女が具合が悪くなった時には頼ってくれたらいいのにとまで。

何気なく目を向けた携帯には、着信を告げるランプが点滅していた。
開いてみるとメールが数件。みんなサークルのメンバーだった。
私の身体を気遣うもので、あまり回らない頭を回しながら一つ一つに返信をした。
翔子と稔先輩には少し長いメールを送った。
サークルの合宿は4日間その間には回復している事だろう。
その後、結局医者にかかることなく、ベットの上で丸2日ゆっくり休み私は全快した。
合宿4日目、きっと今頃片づけに追われているのだろうな、なんて思いながらリビングでコーヒーを飲んでいるところに携帯の着信音が鳴り響いた。
稔先輩からだった。この数か月メールでのやりとりは何度かあったものの電話が掛ってくるのは初めてだった。
どうしたのだろう?何かあったのだろうか。そんな事を考えながらボタンを押した。

「もしもし、俺。解る?」
そんな会話から始まった先輩との電話。
私ん身体を心配してくれただけではなかったようだ。
合宿の面白い話をしてくれたあと
「もし、体調が良ければ少しだけでいいから出てきてくれないかな」
遠慮がちに聞いてきた稔先輩。身体の調子もばっちりだったので断る理由なんて無かった。