7歩の距離

2月の夕暮れ

「隼人―っドッヂボールしようぜ!」

琢磨だった。大石琢磨とは入学した時からずっと一緒のクラスで、所謂親友ってのだ。ずっと一緒のクラスと言っても、ここら辺は田舎で1学年2クラスしかない。しかもクラス替えも2年に一度なので、ずっと同じクラスって奴ばっかりかもだけどな。
お互いゲームよりも外で遊ぶ方が好きだったり、レッズ好きだったりいろいろこいつとは気が合うんだ。

「おぉ!」
琢磨の呼びかけに短く返事をかえした。

昼休みの校庭はにぎやかだ。 校庭に出てくると、すでにドッヂボールは始まっていた。
琢磨と俺は同じチームにはいった。

「なんかさぁ最近お前暗くねエ?」

さすが琢磨だ。あれから暫く、杏とは全く会えないでいた。
今までだってこのくらい会えない時はざらだったのに、気がついてしまった気持ちや、気まずい別れかたをしたせいもあり気持ちは落ち込んでいた。

「そんなことないって、琢磨の気にしすぎ!」
本当はその通りだけど、杏と気まずくなってなんて言えるはずもなくて、否定しまう俺。

「そっか?それならいいけど。そういや、気にするっていえば、2組の山田がしきりにお前のこと気にしてたぜ」
琢磨の話は妙な方向へと飛んだ。

「なんでだ?」
何かしたっけか?

「お前さ気が付かないわけ?2月っていったらバレンタインしかないだろ!」
呆れ顔の琢磨。

話を聞きながらまた妄想の世界に入ってしまった。
杏は和にいにチョコをあげるのだろうか?それとも他に……こんな時違う学校って。

「隼人―」
琢磨の声が聞こえたその時

顔面にボールがぶつかった。


「お前本当に大丈夫かよ?山田の事でも考えてたとか?」
和にいばりのニヤケ顔で琢磨が笑った。


校庭で寝転がったまま、空を仰いだ。
もう止めた! なにも考えない事にしよう。所詮学校は違うし、いつまでもつまらない事考えてもしょうもないし、俺は杏のことなんてなんも思ってない! そう心に決め、俺は立ち上がった。

一人ですったもんだしてたこのひと月だったが、さっき決心してからは午後の算数も頭に入ってきた、実際学校が違うから杏の姿が目に入る事もないし、周りにはバカばっかり言い合える仲間もいっぱいいるし。

ほんと一人で空回りしてたけど妙にすっきりした気分でいた。
そうあの日までは。

今日は土曜日。天気も良かったので近所の空き地で琢磨や近所の子供達とサッカーをしていた。
2月の夕暮れは早い。薄暗くなるまで思う存分遊んだ帰り、琢磨と通学路でもある田んぼ道を歩いていた。

「本当この辺何にもねえよな、田んぼなんて埋め立ててなんか楽しいとこ作ってくれたらいいのにな」
おぉ珍しく意見が合わないな。


「そっかぁ俺は好きだけどなここ」
俺は正直な気持ちを言ってみた。


「お前、変わってる?」
おいおい琢磨、それはないだろ?

「そんなに変じゃないだろ。」
多少むっとした。
そんな事はおかまいなしにと琢磨は呟いた。

「まあいいや、でもよ、学校行き始めて毎年毎年お前とこの道帰るのもなぁもう5年目だよ、んでもって中学いったらあと何年この道歩くんだぁ?冬は寒いんだよ、何にもなくて。」

まあそれはそうだなと思った俺は
「そうだよな」

と返してみた。琢磨とは馬鹿なことばかり話していた。クラスの中には誰が好きだとか、あいつが可愛いなんて事を話してる奴もいたが、俺達にはまだ関係ない話だと思っていた。話す事といえば、やれJリーグで何処が買ったとか、プロ野球がどうだとか。夏なんかは、あの川で何が釣れるとか、カブト虫やクワガタの穴場を発見しただとかそんな話ばかりだった。

家の近くまで来たとき琢磨にひじでつつかれた。
「あれ2組の山田じゃねぇ」


見てみると、確かにうちの塀に寄りかかって立っている山田がいた。
「なんだ人の家の前で」

すると琢磨はあきれたといった後で 「ばっかだなぁ今日はバレンタインじゃん。いいねぇじゃあ後で話しきかせろよ」

そういって琢磨はいつもと違う道から帰っていった。
一緒にいてくれた方が良かったのに。 複雑な気持ちで1歩1歩近づくと

「久保君。これー。貰ってくれる?」
そういって両手を伸ばし小首を傾げる山田は可愛い部類にはいるんだろうな。
杏はどちらかといったら活発な方だし、間逆な感じだって、なに杏と比べているんだ!

「久保君?」
少し不安そうな顔をした後、俯いて、更に両手を伸ばしてきた。

一瞬迷ったが
「ありがとう」
そう言って受け取った。

何か言われたらどうしようとも思ったが、
山田は嬉しそうにニコっと笑って帰っていった。


深いため息を吐きながら門をくぐると玄関先でにやけた顔の兄貴と杏が立っていた。
兄貴の手には可愛くラッピングされた包みが。


やっぱりなんだ。杏は兄貴の事が好きなんだ。


押し込めた気持ちが戻ってしまったように胸がきゅーっと苦しくなった。
そんな俺の気持ちをちっとも解っていない杏は

「隼人良かったね! 家までチョコ持ってきてくれるなんて。隼人ってもてるんだね!」
なんて、よりによって一番言われたくない一言を。

それはひと月ぶりに掛けられた言葉だった。

「うるせーな」
あー何言ったんだ俺の口!違うだろ!
結構強い口調で言い返してしまったが、杏は気にしなかったのか、

「照れているのかな?」
なんて言われた。

何でだよ、そんな事言わないでくれよ。
折角浮上してきた心はまたどん底だ。今度は何も言わずに2人の間を通って家に入ろうとしたその時。

「杏、ありがとな」
と兄貴は飛び切りの笑顔であの時と同じように杏の頭に2回ぽんぽんと手を置いた。

兄貴、絶対確信犯だよ、俺が杏の事好きなの知っているくせに。
顔は見れなかったが杏まで

「うん」
なんて。きっと嬉しそうな顔をしているのだろうな。
そう思ったら、もう立ち上がれないかと思った。
玄関に入ってから、杏は俺を呼んでいた。
聞こえていたけど、また杏の顔をみるとキツイ言葉を言ってしまいそうで、聞こえない振りをした。

部屋に入ってからも暫く嫌な気分でいっぱいだった。
別に杏は悪い事をしていない、俺が勝手に苛ついているだけで。
頭の中ではわかってはいるんだ俺だって。
でもどうしようもないんだ。
杏はただ兄貴の事が好きだっていうだけなのにな。

その日の夕飯は喉を通らなかった。
風呂から上がったら、母ちゃんがホットミルクとハートの形の小さいチョコを持ってきてくれた。

「夕飯の変わりにはならないけどね。」
と言って。

ハートの形をした小さなチョコはちょっぴりほろ苦かったけど、何だか苛立った俺の気持ちを少しだけほぐしてくれたような優しい味だった。


月曜日学校へ行くと、下駄箱で一緒になった山田がにこにこしながら話かけてきた。
「チョコもらってくれてありがとうね。久保君ってお兄さんがいるんだね。似ていてびっくりしたよ。それにあの女の子綺麗な子だね? 久保君も知っている子なの?」
って、俺の気持ちなんて解るはずもないからしょうがないのだが、触れられたくない話だった。

「ああ」
山田の顔も見ず、それだけ言うとさっさと教室に入った。
俺の顔をみるなり、琢磨も何か言おうとしていたが、きっと俺の聞くなという無言のオーラを察したのか何も聞いてはこなかった。

それからの俺は徹底的に杏をさけまくってしまった。
兄貴も何か言おうとしていたが一切聞く耳をもたなかった。
ある日の晩、夕食時に母さんがあら珍しいケンカでもしたの? なんていっていたけど何も答えなかった。

もし、あの時、杏の声に振り返っていたら、兄貴の話を聞いていたら。そう思い返したのはずーっと後のことだった。