7歩の距離

あいつと私

ん〜今日も目覚めはバッチリ、今日も1日頑張るぞ! と気合を入れて伸びをした。

お姉ちゃんが中学生に上がったのを機会に念願の一人部屋になったから、こうやって伸び伸びでいるんだよね。
起きると直ぐに厚めのカーテンを開け窓を開き大きく深呼吸するの。
そうすると自然と向かいのあいつの部屋が目に入る。『あいつまだ寝てるな』なんて、これが1日の始まり。
別に監視してる訳じゃないんだよ。目に入るだけなんだから。

私、小平杏。あいつ、久保隼人。
私とあいつの家はお向かいさんなの。
あいつの家は曽祖父より大分前からここに住んでいる、根っからの地元ってのだ。元々は農家だったらしい。
私の家は葉月姉さんが幼稚園に入る前、私が生まれる少し前に家を買って引っ越してきた。
久保家とは兄弟姉妹共に同じ年と言う事と、両親とも年も近いと言う事で、とても仲の良い家族ぐるみのお付き合いをしています。
生まれた時からずーっと一緒と言っても過言ではない私達。もちろん幼稚園に行っても1番の友達だったわけで、幼稚園に行っていても、帰ってきてからもいつも一緒に遊んでいた。だから、小学校が違うって解った時は、凄くショックで、2人とも随分駄々をこねたんだ。ちなみに、みんなで集まると今でもその時の話が出てきていいネタになっています。いいかげん忘れてよ〜なんて思ってもきっと忘れてなんてくれないだろうな。
一生言われ続けそうです。

そんな私達も学校へ上がって暫くすると、新しい友達も出来て、お互い次第に駄々をこねていた気持ちもクールダウンしてきたんだ。
その位の時期って、だんだん男の子や女の子って意識するのか、今まで仲良かった異性とも遊ばなくなってくるんだよね。きっと同じ学校で目に入る範囲で近くにいても声もかけないそんな風になってしまったら、寂しかったと思う。だからかえって違う学校で良かったのかもなんて思っている私もいるんだよね。
違う学校でも帰ってきて、空き地や公園で隼人が友達とサッカーとかしてると一緒に混ざって遊んだり、私は隼人といる時間が一番楽しかった。

5年生に進級した頃から、両親達は週末にカラオケなど出掛け始めた。
そんなときは決まって久保兄弟は私の家に夕飯を食べにくるの。夕飯を食べ終わっても、テレビをみたりゲームをしたりで、(因みにこれは2対2で別れて対戦ものです)とても楽しい時間だった。

でもあの冬、年を明けてまだお正月気分も抜けないあの頃から何だか、隼人と距離を感じるようになった。始めは学校の友達の家で夕飯もらったとか言ってたっけ。そんな事が何度か続いたんだ。そうして段々週末の夕飯も隼人だけがこない日が増えていったんだ。

距離をとられたようなとういか、一方的に避けられてるのかな? と思い始めたら急にポツンと心に穴の開いたような、何だか寂しい気持ちになった。小学生の私には愛だ! 恋だ! なんて解らないけど、きっとこれが好きっていう気持ちなんだなって思ったんだ。
吃驚したことに、和にいと葉月ねえは私の気持ちに本人より先に気が付いていたみたいだ。
和にいは「やっと気が付いたんだ」なんて言うし、葉月ねえなんて「小学生のくせにマセテルねえ」と。
でもきっと2人は気が付いてないだろうな。お姉ちゃんちゃん達が両思いだっていうのを私が知ってる事に。何だか内緒にしてるみたいだしね。でも実際あの両親達に知られたら冷やかされて大変だろう、想像しただけでもぞーっとするよ。

その後、きっと隼人のいない週末の夕飯時に沈んでいる私を笑わせようとしてくれたろう会話もちっとも私の耳には入っていなかった。
私、何かしたかな? それとも、隼人も他の男の子と同じで女の私と一緒に遊ぶのが嫌になっちゃったのかな? 悩んでいるのも疲れるし、考えてもしかたがないから直接聞いてみよう、そう思ったら少し気が晴れた。
でもいざ話をしようとしても中々会えなくて。でもピンポン押してまで行くのもなんだしなあ。私らしくないっていえばそうなんだけど、自然な感じで“よお!”なんて話しかけられればベストなんだけどな。そんなことを思っていたらもう2月半ばになっていた。

学校へ行くと微妙に雰囲気が違う。お父さんやお母さんなんかの時代と違って今は小学生もバレンタインを気にするご時世なのだ。
クラスに入ってランドセルを置くと、仲の良い今日子がよってきた。
「おはよう、何だかみんなここんとこ感じが違うよねぇ」
「ほんと、ほんと!」
男の子なんか気にしている奴もいて、妙に優しくなったりする奴もいる。本当か嘘かなんでも誰が一番多くチョコを貰えるか、競っているらしいよ。

「こんな間際になって優しくなったってかわらないのにね」
今日子の言う事はもっともだ。

「今年の一番は誰かな? やっぱり相原君かな? 去年は断トツだったもんね」

「私もそう思う。でも以外なところで小山も有りじゃん? 真由ちゃんなんて小山小山ってよく言ってるし」

「小山も有りかもねっ」
そうは言いつつ今日子の目線は相原君を追っている。何を隠そう今日子も去年相原君にチョコをあげた一人なのだ。
相原君は背こそあんまり高くないけど、運動神経バッチリの子だ。運動会はリレーの選手でブッチギリの1位。3人も抜いてのだから凄いよ。御多望にもれず性格も良し、ときたもんだから、人気者なの。どこの学校にもいるよねっ。

どこの学校にもいるっていったらもう一人小山だ。
小山っていうのはお調子者でいつもギャグばかり言ってる奴。こいつはこいつで人気があるんだ。ほんとお調子者って言葉が良く似合う男の子だったりする。
バレンタインかぁ。

そっか、チョコをあげに行けばいいんだ。毎年あげているしって言ってもお小遣いの少ない小学生、チロルチョコ5個が定番なんだけどね。

「杏っ何あんたぼーっとしているの?怪しい人みたいだよ」 

「ちょっと考え事」

「なになに? 誰にあげるか考えてたの?」
今日子の言葉はあながち間違ってはいないが、チョコよりメインがあるだけに何と答えようか迷っていたら丁度担任が教室に入ってきた。

「後でゆっくり聞かせてもらうからね」
とニヤリと笑って自分の席に戻っていった。