ポーカーフェイス

6話
「あら、けんちゃん帰っちゃったの?」

あいつを見送って、リビングに顔を出すと母さんの呑気な声がふってきた。
「そりゃ帰るでしょ。用事は済んだし、夕方だし」
炬燵の上におかれた煎餅を口にくわえた。

「ふーん、用事ね」
意味深な語尾は何だっていうの。別に疾しい事は……ちょっとしたか。

「だから、言ったじゃない。漫画を読みにきたって」
ぶっきらぼうになってしまうのは、私の癖よ癖。
これ以上突っ込まないで、との願いは届いたようで。
次に続く母さんの言葉は
「さっき押入れに突っ込んだ、洋服やら何やら、ちゃんとしておかないと後で泣きみるからね」
結構な衝撃だったと思う。
「何で知ってる母さん」思わず呟いてしまった私。
「何で知ってるって? そりゃあんた玄関で靴を脱ぎ棄てて部屋でドタバタ音させたら誰だって想像つくでしょ」
なるほどね、そう言う事か。あの時は必死だったからな。丁度いい、母さんと会話を続けたらやっかいな事になりそうだから。
「じゃあ部屋片付けてくるよ」
ちょっとほっとしてリビングから足を踏み出した瞬間。またもや母さんの衝撃発言。

「あんた、頭の後ろボサボサよ」って。

ぎょっとして、後頭部に手をやると確かに帰って来た時とは違う訳で。
きっとあの時だ。思い出したら止まらない。全身が一瞬でカーッとなった。
堪らず、小走りで自分の部屋に向かった。
だけど自分の部屋に戻っても、全然私の火照りはおさまらなくて。
だって、さっきまでやつがここにいたんだよ。それに、あんな事言われるなんて。
良く倒れなかったよ私。

悔やまれるのは、待ち受けを変えた時にメアドを変えなかった事だ。
これは一生の不覚かもしれない。

あの日、項垂れた肩に私じゃない他の女の子の手が添えられた日。
それまで私の待ち受け画面は、ユニフォームを着たあいつの後ろ姿だった。
春の大会で写した隠し撮り。ちょっと遠くてはっきりとは写っていないけれど、それは私にとって宝物のような写真で。
あの日に封印しようと思った私の想い。
まさか、こんな風になるなんて思いもしなかった。
ベットに腰かけて、あちこちに散らばった漫画本を手に取った。
最後に取ったのは、あの巻だった。告白していたあの巻。
まさか、その漫画の上をいくとは思わなかった。告白より前にキスしちゃうなんて。

そっと自分の唇を人差し指で触れてみた。

キス上手だったな、って。

同時に幼かったあの日の事を思い出した。
いつものように、あいつと2人公園に遊びに行ったあの日。
ブランコに乗っていた私とあいつの視線の先には、制服をきた2人組。
ベンチに座って楽しそうに笑いあっていた2人の顔が近づいて、口と口がくっついた。
あっという間の出来事だったけど、私もあいつもじっとそれを見つめていたんだ。
それから、その2人がいなくなるまで無言でブランコに乗り続けていた私達。
そして、急にブランコから降りたあいつが言ったんだ。
「面白そうだったね、試してみる?」って。
本当に面白そうだったから、私は素直に「うん」って言って。
2人で思いっきり顔を近づけたら、ゴチって大きな音がした。
歯と歯がぶつかってお互いの唇がぱっかり開いて血が出たんだと気がつくまで数秒。
あとからきたヒリヒリとした痛み。口の中は血でいっぱいだし、何より効いたのは2人の前歯がぐらぐらと揺れてしまった事。
2人血だらけになって、泣きながら帰ったんだ。
幼稚園の頃の話。
今となっては、笑える過去だけど当時は本当に、嫌な出来事で。

飛んだファーストキスだったりする。

「汚名返上かぁ」
上手い事言うよほんと。

その晩、日付が変わろうとする直前に私の携帯にメールが届いた。

「メリークリスマス。大好きだぞ」って。

慌てて私もメールを打った。
「メリークリスマス。仕方無いから大好きになってやる」
ってね。

ふと思う、こんな奴だったけかあいつ?
でも、どんなあいつでもあいつだから。

相手があいつじゃなきゃ駄目なのは私の方だっていうの。
そっと携帯に保存したあいつの写メを出してみる。









今日は眠れなそうだ。
そんなこんなのクリスマスの夜。