ずっと

意地っ張り

「笑いたきゃ笑えばいいだろう」


そう言った彼の声がどうしようもなく、私の胸を疼かした。

アラフォーなんて言葉誰が作ったのだろう。
私達の世代には何かと代名詞が付いてくる。

古くは負け犬から始まって、29歳のクリスマスなんてドラマもあったっけ。
バブル絶頂期に丁度成人を迎えた私達は何かと注目を浴びていたのかもしれない。
中でもマイクロミニでお立ち台に上がった事は忘れたい過去だ。

一方、そんな私にも忘れられない過去があった。


40歳を目前に届いた高校の同窓会の案内。
直ぐに頭を過ったのは、初めて恋をした彼の事だ。
今でも鮮明に思い出せる。
今のように、ネットを媒介に情報の溢れる時代とは違い、アナログなあの頃。
身体の関係なんて、まだまだ遠い先の事だと考えていた。
キスするだけで精一杯で、それ以上なんて考えられなかった。

軽く触れるようなキスでさえあんなにもドキドキしたあの頃。
その後に、色々な経験をしたけれど、あれほどドキドキした事は無かったような。

指先で葉書をつまみあげて、遠い昔に思いを馳せた。

あいつも結婚したんだろうなぁ。

ちょっとしたすれ違いから、別れてしまった。
向こうから謝ってくるまで許してなんかやるものか。
きっとお互いそう思っていたに違いない。

本当は仲直りがしたい癖に、意地を張ってしまって。
どうして、焼もちを焼かせてやろうなんて思ってしまったのか。
今なら分かる。
子供だったのだ。
高校3年から付き合い初めて、3年目。
私は、専門学校を卒業して、社会人に。
彼はまだ大学生だった。

ちょっと大人の上司に誘われて、食事にいったのが運のつき。
私達のすれ違いは、修正が出来ない程広がってしまったのだ。



「亜子、今年は行くでしょ? 毎回集まる面子は一緒だけどあんたは最近来てないんだから新鮮なんじゃない?」

悪友萌子は、いつもにも増してしつこい誘いだった。

「ん〜面倒くさい」
携帯電話を片手に、空いたもう片方の手で自分の髪のおくれ毛をねじって呟いた。
これは本音。
だってよ、集まる面子ってこの年で結婚してないやつの愚痴大会じゃない。
良い相手がいないとか、上司に恵まれないとか聞いていてつまらなのよ。

それと、反対に早くに結婚した連中ね。子供もある程度大きくなったヤツらの愚痴ってのもねぇ。やれ子供がどうの旦那がどうした、最悪なのは舅、姑の愚痴ね。

そんなの解るかーっての。

そんな集まりにお金出して飲むのだったら、気心知れた友人や、一人で飲む方がずーっといい。出会いっていったて青臭い頃を知っているだけに、どうもねぇ〜食指が動かん。

「ちょっと亜子、聞いてる?」
だんまりの私に痺れを切らした萌子が、低ーい声を出した。

「やっぱ、パス」
出来るだけ高い声ではっきりと断ってみた。

「ふーん、いいのね。来ないのね。あ〜あ、今年は奴も参加するっていうのに」
勿体ぶったその物言い。

奴って、奴? 冷めていた感情が俄かにくすぶり始めた。
直ぐにでも食いつきたいところだけど、生憎私はそんな素直な性格じゃなくて……

「誰が来たって同じよ。私は行かないから」
気がついたらそう口にしていた。

私の馬鹿ーっ。

萌子はと言うとそんな私の言葉を予想していたのだろう、電話口から失笑が洩れてきた。
一息ついた萌子は私の心を見透かしたように
「まぁ、気が向いたらおいでよ。時間と場所の変更はないから。期待しないで待ってるよ」
そんな捨て台詞のような言葉をおいて、電話が切られた。


あいつ、来るのかぁ……

実をいうと、初めの頃の同窓会には結構な頻度で参加していた。
あいつに会いたかったから。
話をしなくても良かった。遠くの席からでも姿を見るだけでいいと思っていたあの頃。
同窓会がお開きになるその瞬間まで、あいつの姿を探していた。
一回も姿を現した事はなかったけどね。

さっきまで只の一枚の紙切れだったその通知葉書が、プラチナチケットになった瞬間。
往復はがきになっているその片方をじっとみつめた。

参加、不参加。

人差し指で、何度も参加の文字をくるりとなぞった。