ずっと

久し振り

軽く化粧を直すと両手で頬を抑え、大丈夫と鏡の自分に言い聞かせた。
細い廊下に出ると仲間の声が良く聞こえる。
皆楽しそうだ。
広間を見ると、私が座っていた席には他の人が座っていた。
遠目でみる萌子も楽しそうに笑っている。
ざっと見渡すと空いているのはあいつの隣だけ?
そこだけは、勘弁だよ。
仕方無しに私は親父さんのいるカウンターに腰を下ろした。

「親父さん、元気そうだね」
そう声を掛けると

「おう、それだけだけどな、それより、亜子ちゃんたまには顔みせないと。元気そうで良かったよ」
そう静かに笑った親父さん。

「本当だね、親父さんに忘れられる前に顔出さないとだね」
無言で出してくれたグラスには、あの頃背伸びをして飲んでいた冷酒が注がれていた。

「頂きます」
そう言ってちびりと口を付けた。
ここにもいっぱい思い出が詰まっているだけに、足が遠のいてしまったんだよ。
心の中で親父さんにごめんね。と呟いた。

冷酒を飲んだのは久し振りだった。
身体の中からぽーっと暖かくなってくる。
冷房の効いた店の中で丁度良い位だ。

冷酒の入ったグラスを持ち上げて、左右に軽く揺すってみる。
ワインじゃないんだから、いつもあいつはそう言ったんだよなぁなんて。
こんなに近くにいるのにね。
酔ってしまおう。
私は残った冷酒をごくりごくりと飲みほした。

カタリと椅子が引かれる音。
隣から香るこの香りは……見なくとも解る。私はそっと目を閉じた。

「久し振りに会ったのに、俺には挨拶なしってか」
相変わらずの低い声。。

「久し振り」
他人行儀な私の声。

「感じ悪い」
そう言いながらも、しっかり隣に座るってどういう事なの。

これ以上話たくなんか無いんだから。
耳を塞いでしまいたくなる衝動に駆られる。

帰りたい。本気でそう思った。

「亜子、この後時間ある? ちょっと付き合えよ」
唐突な事で私は思わず顔を向けてしまった。
至近距離でみたこいつは、相変わらず良い顔していた。
うううん、あの頃よりも良い顔しているかも。

返事をしない私に
「駄目か? こいつが待ってるのか?」
そう言って、私の薬指を爪で弾いた。
馬鹿だね、あんたが買ったやつなのに。

「そんな事はないけど……」
それよりあんたの方じゃないの?待っている人がいるのは。
そう言いたいけど、言えない自分。怖いのだ、肯定される事が。
だけど、残酷な言葉が返ってきた。

「心配するなって、俺もちゃんと相手がいるから、取って食おうだなんて思ってないから。だた少し話がしたいいんだ、久し振りに」

駄目、話なんかしたくない。そう思っているのに、頭はそうは思ってくれなくて。
私は
「そうだね」
なんて気がついたらそう口にしていた。

そうだね、いいかげんに終止符を打たなくちゃいけないのかもしれない。
心の何処かで、何時も思っていたこいつの事。
めいいっぱいノロケ話でも聞いて、綺麗すっぱり今度こそこいつの事を忘れてしまえばいいのかもしれない。

そんな時、沢渡が声を上げた。

「みなさ〜ん、今日は参加ありがとうございました。そろそろ時間なので一旦閉めます。2次会もあるので、時間がある人は残って下さい」

そう沢渡が言っている最中に、こいつは耳元で
「あの公園で待ってて」
と囁くとさーっと皆の輪の中に入っていってしまった。
私も席から立ち上がり、萌子の隣に戻ってみる。
沢渡の話に耳を傾けながらも、私の顔をちらりと見て、ニヤリと笑った萌子。
しっかり見ていたとでもいいたそうな顔だ。
私も負けじと同じ顔を返してみた。

ぞろぞろと並んで店を出ると、別れを惜しみながらみなばらばらに散っていく。
私はがっちり萌子に腕を掴まれていた。

「何、話てたのよ〜私から逃げておいて〜」
すっかり酔っぱらいだ。

「何でもないよ、ただ久し振りだねって」
この後で会うだなんて言えなかった。

「嘘〜怪しい〜、じゃあ、聞いちゃおうかな〜本人に」
どれどれなんて、あいつを探し始めた。