電車通学

祭りの前日

「お前さぁマジ最近怪しいって」

窓の向こうを見ながら、意識はもう明日の夕方へと向かっていた俺。
今日の放課後会えない事に物足りなさを感じてはいるのだが、明日のことを考えるとどうしたって顔が緩む。
そんな俺に突っ込む真治に。

「大きなお世話だ」 と言ってみる。

「お前って喜怒哀楽が激しい奴だったんだな。何か以外だったよ」
そう言いながら真治は俺の肩に手を置き青春だねぇと窓の外へ視線を移す。

地平線から沸き立つ入道雲。
梅雨空はいつの間にかもうすっかり夏の空へと変わっていた。
遠くの方で蝉の鳴き声も聞える。
むあっとした湿り気を含むねっとりした暑さ。
もう直ぐ夏本番だ。

「今日もデートか? まぁお前の顔みりゃ解る気もするが」
ニヤリと笑う真治、最近この顔ばっかり見ていると思うのは気のせいじゃない。

「いや」

「”いや”ってお前、セーラーちゃんにもそんな調子で話してるんじゃねぇだろうな? だとしたらお前」
多少早口で話す真治の言葉を遮った。

「んなわけねえだろ」
口調がキツクなる、それは真治の例え話だとしても聞きたくない言葉が続くと解るから。

「はいはい、余計なお世話でした」
肩を竦めてため息をつかれた。

「あっ浅野君。それに飯田君も。明日って暇かな?」
目の前にはクラスの……名前は分からん。
何で俺が明日の予定を聞かれなくちゃいけないんだ。

「おう、どうした渡辺」
真治が調子よく答えている。
渡辺? そんな名前だったかもしれない。

「えーっと明日、何人かでボーリングに行かないかって話しがあるんだけどどうかな?」

「ボーリングかぁ最近やってないな。圭吾行こうぜって、お前何で眉間に皺なんてよせて」
真治に頭を小突かれた。

「行かねぇ」
行くわけないだろ、何でこいつらとボーリングなんてしなくちゃいけないんだ?それに明日は――

「おいおい、だからさっきも言っただろ?そんな言い方すると」

「すると?」
思いっきり睨みをきかせた。

「ごめん、渡辺さんという事で明日はパスします。また誘ってね〜」
真治の言葉に頷き渡辺さんとやらは、廊下に消えていった。

「別に、俺が行かなくたってお前はいけばいいじゃねえか」
こいつが人見知りなんてするわけ無いのに。

「お前ねぇ、ちっとは周りを見てみろよ。って言ってもセーラーちゃんしか目に入らないお前には言ってもしょうがないかもしれないけど。あれはどうみたってお前を誘っていたんじゃねえか、俺はオマケだよ。のこのこついてく方がおかしいだろ。」

今聞き捨てならないことを言わなかったか?
さっきの会話をどうとればそんなことになる。

俺の顔をみて真治は大きくため息をつき。
「話しかけられたら顔を見る、これ基本ね。あんなに顔を真っ赤にしてお前の名前を呼ぶあいつをみたら一目瞭然だろ。っていうかお前、顔くらいみてやれよ。可哀相に。」

「見たぞ、初めに。それにそのセーラーちゃんってのどうにかしろ」
どうも怪しい響きだ。

「ふーん。じゃあ”郁ちゃん”って」
またあの顔だ。
俺だって昨日やっとこ呼べたっていうのに。

「はぁ?今なんて言った?昨日やっとこだって?」
額に手を当てて相打ちをかけるようにあっちゃぁ〜との声。
声に出したのか俺。多少うろたえながらも

「うるせえよ」
と言ってはみたものの。

真治の興味をそそるのには十分だったようで。

「何々?進展有りなんだぁ。今日はデートもお休みなようなのでゆっくりとお話聞かせてもらおうとしますか。いやぁ放課後が楽しみだな」

「俺はお前に何にも言うつもりは――」
人が話しているというのに、真治の奴、背中を向けて手を振っていっちまいやがった。
俺はフンと鼻をならし、机の中から読みかけの小説を取り出した。

そして放課後――
俺は今某有名ファーストフードに真治といる。

どうして、こいつにと思うのだが、あの時のあの状態をこいつには一部始終見られていた訳で。
脅迫めいた誘いに断れなかったのだ。
といいつつも、実は郁に対してもどのように接したらいいのか、今までまともに恋愛していなかった俺にはちょっと聞いて貰いたかったという思いも無いわけではないのだが……。
やっぱり相手を間違ったか?

真治に大分掻い摘んではいるものの話をした。
そして、この沈黙。

ようやく開いた口からは

「もっと自信持っていいんじゃん。自分で思うよりお前はいい奴だと思うぞ」
という言葉に
「ガンガン引っ張ってってやるのがいいと思うぞ。多分だけど」
とアドバイスを貰ったのだった。

会話の途切れたその時、無造作にテーブルに置いた俺の携帯がブルブルと振るえメールの着信を知らせる。ディスプレイには”郁”の文字が。

はっとして前を見るとしてやったり顔の真治。
「見ないの? 気になってるんだろぉ」
何とかならないかその笑いは。

俺は携帯を手にとり画面を開く。
そこには明日の待ち合わせの時刻が書いてあり最後は
――楽しみにしているね。郁――
の文字が。

「フーン。駅前に4時半ですか。楽しみにしてるって可愛いな」

真治のことは無視して返事を打ち込む。
――了解!俺も楽しみだ。圭吾――
送信ボタンを押して送信完了だ。

「何かさぁお前らのメールってそっけないよな。普通もと絵文字とか大好きだよとか書いたりとかしないのか?」
何だか幸せな気分に水をさされた感じだ。

いいんだよこれで。

「煩いって」

「お前そんなこと言っちゃっていいのかな?駅前に4時半ちゃんとインプットしといたから。いやー明日が楽しみだ」

そう言って
「そろそろ行くか」
真治は親父のように”よっこらせ”と声を掛けながら立ち上がった。

そのまま真治と別れ電車に揺られた。
頭の中で、まさかあいつ明日突然現れたりしないだろうなと考えてしまった。
あいつには前例があるだけに少々嫌な感じがしなくもないのだが。
今から考えてもしょうがないしな。

それにしても明日の今頃は――

はっきりと口角が上がるのを自覚した。