電車通学

祭りの前日2

「郁ってばそんなそわそわしてるの?そんなに委員会が楽しみだったりするわけ?」
背後から突然桜に話しかけられ、慌てて携帯をパタリと閉じた。

「分かってる癖に」
そっとスカートのポケットに携帯を忍ばせた。

私は”美化委員”なるものになってしまった。
これが結構大変なのだ。
学校の方で何やらクリーンアップ大作戦なるスローガンを掲げられ、こうやって月に一度の集まり、そして、その他に町の掃除をしなくてはならない。
同じ委員でも図書委員とは大違いだよ。
なり手のいないこの委員、学年初めの学活で中々決まらず、思わず手を上げてしまった。
つまり自ら立候補してしまったのだ。

でも、文化祭の実行委員や秋に行く修学旅行の実行委員の方が数段大変なのだけれど。
そっちの方はどこのクラスにもいるまとめ役みたいな子がいて、すんなりと決まってしまったというのに。

それはさて置き、今日は月一度の委員会。
前回のゴミの収集量の報告や次回の掃除場所などを決めるのだ。
当然2人1組で委員となるのだが、私の相方はバスケ部の山本君。で、どういった訳だかうちの学校、運動部っていうだけでこの集まりが免除になるんだ。暗黙の了解ってのね。
これってどうなの?って感じでしょ。勿論掃除をする日は出席してもらうのだけれどね。

「そろそろ、行った方がいいんじゃない?あっ私図書室にいるから一緒に帰ろう。最近眼鏡君ばっかりで何だか……。まぁいいや。じゃあ後でね」

桜は私の返事も聞かないまま、カバンを掲げ教室を出て行ってしまった。
何時になるか分からないのに。
それにしても最後の言葉。私って友達がいの無い子だったよね。
悪い事したなって思うのだけど、やっぱり圭吾君に会えるのは嬉しくって。
私って嫌な奴じゃんね。って本当に集合時間だ。
私は集合場所の視聴覚室へと向かった。

委員会の始まりはいつもと同じ。
まず一学期担当の3年生から前回の結果発表。
それから委員長からの今回の抱負、そして町の清掃場所の論議に入った。

地元ではないので地理は苦手な私。
黒板に大きな地図を掲げ説明してくれるけれど、今一ピントこないんだよね。
でも大抵は駅周辺だったり、駅から学校への通学路だったりするんだけどね。
何でも今度は市内の町内会の方たちと合同で行うそうだ。
司会を務める先輩の声を聞きながら、視聴覚室の中を見渡すと席はあまり埋まっておらず、それは運動部の人が多いせいなんだろうな、なんてボーっとしていた。

結局、清掃場所は町内会の方たちと相談して各方面分担して行う方向になった。
今回だけでは決まらなかったのでまた後日集まりなおすとのことだった。

一通りの事をノートに書きとめ視聴覚室をでた。
時間を確認しようとポケットの携帯を取り出したところで、書きかけのメールを思い出した。
桜に会う前に打ってしまおう。
視聴覚室の壁に寄りかかり、メールを打つ。
待ち合わせ時間を何時にしようか、昨日から何度も打ち直しているメール。
その時間は早くなったり、遅くなったり。
迷いに迷った結果、4時半にしてメールを送った。
待ち合わせは明日だけど気がついてくれるよね。
毎日おはようとお休みのメールをしているから大丈夫だとは思うけど。
すっかり忘れて、予定が入っちゃったなんて事……。
そんな心配は杞憂に変わる。
直ぐに返信が返ってきた。

――了解。俺も楽しみだ。圭吾――

その文面を見てちょっとドキっとした。
だって、今までそんな言い方しなかったから。

楽しみだ

いつもと違った言い回し。
一緒にいられるようになって、圭吾君はそれ程口数が多くないものの、暖かい眼差しを向けてくれる。
電車の中から見る事しか出来なかったあの頃の圭吾君は、シルバーの細いフレームの良く似合う少しクールな印象だった。
そして聞いてしまったあの声。
もしかしたらこっちが本当の圭吾君かもしれないな。なんて思ってしまった。
メールで良かった。
あの声でこんな言葉を間近で聞いたら倒れちゃうかもしれない。
そんなことを考えながらも私は図書室へと向かっていて、知らぬ間に目の前に桜が立っていたらしい。

「郁ってばかなり怪しいから。何を妄想してるか分からないけれど一人でそんな顔しながら歩いてたら他の人は避けて通るって。まあ私からしてみたらいつもの事だけどね」

桜の言葉に顔が固まる。
確かに、圭吾君の声を思い出してはいたけれど顔に出てたの?

「怪しかった?」
桜の顔は見れなかった。

「はい、十二分に。それで何があったのかな?私の可愛い郁ちゃん」
がっちりと腕を組まれ2人カバンを取りに教室へと強制連行だ。

「まあ今日はゆっくり時間もあるし、あそこ行ってケーキでも食べながらお話聞かせてね」
とウインクされた。
桜のそれはかなりの威力がありまして。
女で良かったかもなんて思ったのは内緒にしておこう。

途中渡り廊下に差し掛かると、校庭から運動部の声が響いてくる。
サッカー部だったり、野球部だったり、陸上部だったり。
私とは縁のない世界。
同じ校庭なのに何故か体育の時間の校庭とは違う場所のようだった。

桜はじっと校庭を見つめていた。
「桜?」

「何?」

いつものことながら短い会話だよ。

「陸上戻りたい?」
入学してから少しして桜から聞いた。
中学まではバリバリの陸上部で短距離の選手だったと。
中3の最後の大会で本当は痛めていた膝を隠し無理に出場し、怪我を悪化させてしまった事。
十分休めばまた復帰出来るとお医者さんにも言われたそうなのだが、高校へ入って、お医者さんの許可が下りても、陸上部には入らなかったとの事を。

「へっ?何を今更。どうしてそう思った?」
桜は素っ頓狂な声を上げたあと、そう私に問いかけた。

「切なそうな目してたから」
素直に言ってみた。

「郁って、鋭いんだか鈍いんだか」
そういったまま会話は終了。
私の頭は? なのに、桜の中で自己完結してるし。

なんだかな?たまには私も反撃してみようかな?
これからいく喫茶店を思い描き少しシュミレーションしてみるも、あえなく撃沈。私が勝てる見込みは全くなさそうだ。
今日も私一人餌食になってしまうのだろうな。
でもそんな嫌じゃない自分もいる。
それはきっと、いつも自信の無い私を桜に勇気付けてもらえるから。

助けられてるよな。私の隣を歩く桜をみながらいつもありがとうねと呟くのだった。