電車通学

罪な友達
「大事な人」ってそんな事を言われてちょっとびくっとした。
郁が小さな声であっと言ったので多分言い間違えたのだとは思うのだが。
小さな嫉妬だ。

思い当たるのはあの女だよな。
やっぱり、郁が説明する特徴はまさしくあいつの事で。
言ってないんだよ、もう知り合ってるって言うこと。
何度も言おうと思ったんだ。
だけど、どうしたって情けなくって。
初めのうちこそ今日こそはと考えていたのに。
何度かそんな事を繰り返すうちに時間が過ぎすぎて言いだせなくなってしまったんだ。
たまに、名前が出てくるとドキっとしていた
その時に言えば良かったんだ。
いつかはこんな日がくるとは思っていたけれど、今日なのか。
少しだけ、胃が痛いと感じるのは気のせいではないだろう。

郁が心配そうな顔をしているので、慌てて顔を作ってしまった。
多分ひきつっているに違いない。
そうこうしているうちに、ドアが開いた。
あいつだ。
って早すぎだろ?まだ心の準備が。
待っている間に本当は郁に打ち明けようとしたんだよ。
実は協力してもらっていたって。

コツコツとなる靴の音がまるで時計の秒針のように規則正しい。
真直ぐ伸びる背筋がまた……
何かの執行人を思わせる。そう何かの。
4人掛けのテーブルだから当たり前なのだが、こいつは郁の隣にすとんと腰を下ろした。
俺の隣に座るのはおかしいのは分かるんだ。
でも、向かいに座るこいつは俺の正面にくるわけで。
真正面から俺の顔をじっと見るんだよ。
ほんと、心の中を透視されているかのよう。
だから、目で話すなって言ってるだろ。

まだ話してないの?

多分そんなとこだ。
俺は察してくれとばかりに

「初めまして」
と口を開いた。
普通だったら、どうもとか、初めましてとか言うだろ?
でもこいつは、俺がそのあとに言葉が続けると思っているんだか、黙っているときたもんだ。
そして、ニヤリと蛇のような(俺にはそう見えた)ほほ笑みのあと爆弾を落としやがった。

「初めまして――じゃないよね、浅野君」

ガーーン
まさしく俺はそんな感じだ。
それをお前がここで言うか?

もう何を言っても無駄だと思った。
だからそんな余裕な顔しなくても、俺は泣きそうだよ。
あいつが言う言葉に従う他ないだろ。
郁は今更こんな事を告げられてどう思うのだろう。
郁の学校に辿り着いた時のあの今とは違った不安が吹き飛んでしまう程の強烈な不安。
俺は郁の顔が見れなかった。

こいつが多少の脚本を加えた事の経緯を話した後、俺は正直に自分の気持ちを言った。

情けなくて言えなかったと。

ね、やっぱり言った方が良かったでしょ。
言葉の後ろにハートマークでもつきそうなこいつの言葉に顔をあげると。
小さな声で、嬉しい事聞いちゃったと聞こえた。
多分それは、郁お得意の独り言だと思う。
大丈夫だったのか?
目の前のこいつを見ると今日何度目かのあの恐ろしい笑みを浮かべていた。

どうやら、郁は俺が黙っていた事に対して怒っているわけでもなく、一番恐れていた嫌われるということもないらしい。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、俺にはそんな余裕を持つ事が出来なかった。
怒涛のようなこいつの突っ込みが始まったんだ。
動揺してしどろもどろになってしまった。
だってだぞ、何でこいつが涼子の事を知っているんだ?
って思った直ぐ後、その経緯も詳しく話してくれたのだが……
この場に真治がいなくて本当に良かった。
あと後まで、言われそうだ。
こいつは、ひとしきり話して満足したのか
またね
の一言を残して、去っていった。
疲れた。
郁は、何だかご機嫌だ。
ここに着た時よりも凄くいい顔になっている。
呆れられもいいような話だったが、これで良かったのか?
それにしても。

やっぱ苦手だな

思わず口にしていた。
だけど、あいつはきっと郁の性格を熟知しているだけに。
これは俺の憶測でしかないのだが、きっと郁を安心させるような事を言ったのだろうなと。
俺の周りに、というか知っている女にはいないタイプの女だ。
男だったらいい友達になれそうなのかもな。
あれだろ、郁の大事な人なんだからな。

いい奴だな。

俺の言葉に心配そうな顔をした郁にそう言うと

うん、とっても
と元気な声がかえってきた。

折角お勧めのコーヒーだったのにも関わらず、あいつの出現で全く味わうことが出来なかったコーヒーをもう一度頼んで、店を出た。
郁のあの大きなパフェはいつの間にか完食していた。

結構な時間いたらしく、郁の高校の生徒は帰り道にも、駅にも見当たらなかった。
心の中に見せつけてやりたかったという気持ちがなくなったわけではなかった。

郁の家の近くのいつもの公園に寄った時、あいつの事を黙っていたことをもう一度謝った。
すると
「だって、それだけ私の事を必死で探してくれたんでしょ」
そう、本当にその通りだ。
おどけて言った郁に真面目に返した
「必死だったよ。今もね。」
郁の顔は一瞬で赤くなった。
「じょ、冗談だってば。」
冗談なんかじゃない。
郁は分かっていないんだ。

「丁度いいや」

全部言ってしまおうと携帯を取り出した。
そう、どうして今日郁の高校まで行ったのか。
メールの交換っていったって2回だけだと告げ、郁の事で連絡を取るために必要だったと正直に言った。あの必死だった時の事。
一瞬顔が曇ったのが分かったがそう説明すると納得してくれたようだ。
写メを見せる。
郁は目を丸くしていた。
俺が嫉妬するって、そんなに驚く事?
郁は分かっていないんだ。
どうしようもないこの気持ち

「だって、郁をみてこんな顔して……」
改めて言葉にすると胃がキリっとした。

すると、郁は思ってもみない行動にでた。
ベンチに座る俺の耳に口元を近づけて
「これはね、写メを撮った桜を見ているんだよ」
と囁いた。

耳にかかる郁の息に俺の膝が「くゆっ」っとなる。
座っていなかったら、膝が落ちたかもしれない。
それほど、効いた。
郁のその言葉が真実なのかは分からない。
郁はそう思い込んでいるようだけど。

だけど、もうそれ以上頭が回らなかった。

俺の前で無邪気に笑う郁に、いつまで我慢ができるだろうか。
なんて不埒な事を考えてしまう自分がいた。