電車通学

突然だけど2
満足満足。
緊張のメールから解放された私は小腹がすいて、ポテチを頬張っていた。
母さんに「夕食前に」なんて小言を言われたけれど、ちょっとだけだからと摘まみ始め、気がついたら、袋の底は……食べ過ぎた。

ベットの上に置きっぱなしの携帯。
圭吾君読んだかなぁ。
あのメールどう思うだろう。
自分は返信をすっぽかした癖に、気になってしまう。
私って自己中だ。
裏返しになった携帯を手に取ると赤いランプが点滅していた。
もしかして、圭吾君?
携帯を開いて、確認するとやっぱり圭吾君で。
文面をみるのがちょっと怖い。
寝坊した上に遅刻なんて呆れちゃったかなぁ。
意を決して、メールを開くと。
固まった。

公園って。
今何時? 着信の時間と今の時間を見比べる。
20分前だ。
咄嗟に自分の格好に目をやる。
これなら大丈夫かも。
慌てて鏡をみて髪の毛をチェック。って口の周りがポテチの油でテカッテるし!
勢いよく階段を降りると洗面台で口の周りを流してみる。
タオルでごしごし拭ってもう一度鏡を覗いた。
うん、大丈夫かも。
早くしなくちゃ。
考えれば、取り敢えずメールの返信すれば良かったものを、焦った私はそんな事さえ気がつかなくて。
台所に立つ母さんに
「ちょっとだけ出掛けてくる」
と言い放つと、母さんの言葉を待たずに玄関を飛び出した。
道路に出て、もどかしい足で気がついた、母さんのサンダルを履いてしまった事を。
パタリパタリと音をさせながら、公園への曲がり角を駆け抜ける。
薄暗くなった辺りを公園の外套が照らしている。
あの大きな木の下のベンチに圭吾君の姿を見つけた。
私は息を整えて、一歩一歩圭吾君に近づいていった。
小さく息を吸って、見下ろす感じになった圭吾君に声を掛けようとしたら、ふいに圭吾君が顔をあげた。

「ごめん、突然」
待たせてごめんねと私の方が謝りたかったのに。
いつもと違う強張った表情の圭吾君を見て、すっかり自分が謝るのが飛んでしまった。

「ごめんなんて言わないで、嬉しかったから」
本当にそうだった。
私の方が会いたかったんだから。
その言葉を呑みこんだ。

そして、圭吾君の言葉が胸に刺さった。
避けてるって……確かに避けているって……そんなあからさまじゃないけれど、結果そう言う事になるのかもしれない。私の知らないところで楽しそうに笑う圭吾君の顔を見てしまった時。顔を会わせたくないと思ったのは確かだった。
私でない誰かと楽しそうに笑う圭吾君。
色々な感情が押し寄せてきて、余計な事を言ってしまいそうで。

何か無意識に口走った後、思わず本音が漏れてしまった。

「嫉妬しちゃった」
慌てて両手で口を塞いだ。
何言っちゃってるの私。
圭吾君は何にも知らないって言うのに……

案の定
「嫉妬?」
って不思議顔だよ。

余計な事は口走っちゃうのに、肝心なところは出てこないんだよ私の口は。
さて、何を言えばいいのだか。
これ以上圭吾君の顔を見る事が出来なくて、圭吾君の隣に腰かけた。

言いだしてしまった事は仕方がない。
さっき、情けない寝坊と遅刻を暴露したばかりだけれど、ここまできたら、同じかも言うしかないと私は、バイトに嫉妬していた事を言ったんだ。
会う時間が減ってしまうバイトへの嫉妬とは言えたけれど。
他の女の子と楽しそうに話す圭吾君に嫉妬したなんて、それは言えなかった。

「ほんとに?」
圭吾君の言葉に一瞬ドキっとする。
もしかして、バイト覗きに行ったのバレテタとか?
動揺してしまって、心臓はバクバク、きっと今声を出したらきっとおかしなことになる、咄嗟にそう思った私は、こくりと頭を下げていた。
何だか身体が縮こまってしまって、これじゃ私、挙動不審みたいだよ。
そんな私に聞こえたのは

「郁も嫉妬してくれるの?」
という圭吾君の声だった。

何ですと? 嫉妬してくれるのですと?!
普段から、しまくってますけれど。
何を言ってるのか、圭吾君は分かっているのだろうか?

「してるよ、いつも」
半ばやけくそみたいなセリフだった。

「何か、俺。嬉しいかも」
信じられない言葉を発した圭吾君をちらりとみると、本当に少し嬉しそうな顔をしているように見えた。
その顔にドキッとした。
完全ノックアウトです。

昨日はあんなにモヤモヤしていた気持ちが嘘のようだよ。

照れてしまって、こうやってベンチに座り、言葉が出ないのはきっと圭吾君も同じだったと思う。
そんな静寂の中

きゅるるる?

と間の抜けた音。
私のお腹の馬鹿ーっ。
何かね、自意識過剰かもしれないけれど、良い雰囲気だったんだよ。
夕暮れの公園で、2人ベンチに座って……
ちょっと気持ちも盛り上がって。

圭吾君なんて、必死で笑いを堪えようとしているみたいで、手の甲を口にあててるし。

「もう嫌だ」
自然と口から言葉が洩れた。

すると、圭吾君は
「俺はそんな郁だから……だから好きなんだ」

お腹の音の恥ずかしさと、今の圭吾君の言葉で体中が熱くなってしまった。
両手で頬を抑えても、その熱さは火照りなんて言葉を通り過ごしてるし。
私は母さんのサンダルの先っぽを見つめながら

「私の方がずーっと好きなんだから」
と訳のわからない言葉を言ってしまう始末。
恥ずかしさで顔を上げられない私に圭吾君は

「いーくっ」
優しく名前を呼んでくれた。
私は両手を頬にあてたまま、少しだけ顔をあげた。

満面の笑みの圭吾君がそこにいた。
「ずっと一緒にいたいけど、今日はもう遅いし、送っていくよ」

私はぶんぶんと首を振って
「大丈夫、直ぐ近くだから」
って。圭吾君、知ってるっていうの。

ゆっくりと立ち上がった圭吾君につられて、私も腰を上げる。
「後でメールするから」
圭吾君の言葉に私は頷く。

「じゃあね、気をつけてね」
私はそう言うと、公園の出口に向かって歩き出す。

「おやすみ、郁」
おやすみ、なんてちょっとくすぐったかった。

私も振り向いて
「おやすみ、圭吾君」
って言ってみた。

公園の角を曲がる時、もう一度振り返ったら圭吾君はだまさっきの場所に立っていて、私に手を振ってくれた。
私も大きく手を振り返し、最後のばいばいをした。

ふー。
両手で頬を確認するもまだまだ、熱い。
こんな顔で家に帰ったら、母さんになんてからかわれるか分からない。
一生懸命、両手で頬をあおいで少しでも火照りをさまそうと試みた。

「郁か?」
聞きなれた声に振り返った。
父さんだった。
間一髪だったかもしれない。

「お帰り、早かったんだね」
ニコって笑ってみた。お願いこれ以上何も突っ込まないで。
直ぐ態度にでてしまう私。墓穴を掘ってしまうに違いなかった。

「何をしているだ、ほっぺた叩いて」
ククッって笑われてしまった。

「顔が小さくなるかなぁなんて」
誰もが見破るだろうその嘘に父さんは真顔で

「郁は十分、顔、小さいじゃないか」
と言ってくれた。私は
「ありがとう」
と言ってみた。
目の前に父さんがいるっていうのに、さっきの圭吾君の

――ずっと一緒にいたいけど――

っていう言葉が私をおかしくさせていて、何度も何度も顔を叩いてしまう私がいた。