独占欲・後編


あいつ可愛くなってきたよな。
中学に入り、急に髪を伸ばし始めたあいつ。
お転婆キャラだったあいつが吹奏楽なんて始めて、少し大人しくなった途端に周りの男どもがそうやって囁き始めたんだ。
可愛くなってきたんじゃねえよ。
元々可愛かったじゃねえか。
そんな事は口にはしないで
そうか?
そんな言葉を返している自分がいた。

教室で何人かで話していると背中に感じるあいつの視線。
この中の誰かに気になる奴でもいるのだろうか?

もしかして、あいつもこのうちの誰かに……
そんなことあるわけない、いやもしかして。そう思うとやるせなくなってきた。
少し声のトーンを上げて、わざとあいつに聞こえるように言ってやった。

「チョコなんて甘ったるいもん好きなわけないだろ、お前らもそうだよな。」

お前らもそうだよな。その一言を大きな声で。
俺の声に圧倒されてか、皆頷いている。
だから、チョコなんて渡すんじゃねえぞ。
心の中であいつに念を送った。

少しして、あいつが席を立った。
一日中監視していたわけじゃないが、きっとあいつは誰にも渡していないはず。
そして、今年もほっとする自分がいた。

あいつが教室を出たのを確認して、会話の切れ目のいいとこで俺は仲間に別れを告げた。
このくらいの時間なら、俺の足だと公園位で追いつくよな。
仲間との会話は上の空で、そんな事ばかり気にしていた俺。
いつもの帰り道を少しだけ早足で歩くと、前に歩くあいつを発見した。
やっぱり。ぼーっとして歩いてやんの。
気づかれないように、そっと近付いた。

突風のような風が巻き上がった次の瞬間、ちらりと見えたあいつの横顔。
涙が一筋頬を伝っていた。
何かあったのか?そうは思うが不謹慎かもしれないけれど、泣いたあいつの横顔は俺の目に焼きついてしまった。
子供っぽさの抜けた、少し大人のようなそんな顔。
そして、あいつの声が聞こえた。

勿体ないから、兄貴にあげよう。

きっとチョコだろう、続いて聞こえた3倍返しとの声。

自然とあいつの真後ろに立っていた。

「勿体無いんだったら、俺にくれよ。」
口が勝手に動いていた。
直立不動で立っているこいつ。
口を金魚みたいにパクパクさせて、俺の顔をじっと見ている。

そして、あいつの口はぴたりと閉じた。

俺の口で塞いでやった。
全身に鳥肌がたった。
その唇はとても柔らかくて。
嫌がらないのをいいことに俺は何度も何度も唇を重ねた。
羽根のように優しく、ついばむようにそう何度も。
段々と貪欲になってきて、思わず調子に乗りそうになる。自分にブレーキが掛るか心配になる手前で
惜しむように唇を離した。


顔を上気させ俺を見上げやがる。
爆発しそうな心臓。あの唇をもう一度味わいたい、味わってみろそんな囁きが頭で響く。
必死でブレーキを探し、こいつの耳元で俺は囁いた。

付き合ってくれなんて今更だろ。
遠まわしだが、分かってくれるよな。
返事を促した。自信がなかったわけではないが、目の前で大きく縦に首を振ったのに安堵した。



思っていた以上に事が上手く進んだ。
あいつから言葉は貰えなかったけれど。
あの後も妙に照れくさくて、何事もなかったかのように、あいつの家の前で別れてしまった。

一人部屋に戻り、あいつの唇を思い出して背中がぞわりと疼きだす。
そして、今日一番の失態に気がついた。
チョコ……貰うの忘れたと。

制服を脱いで着替えた俺はコートを片手に家を出た。
チョコだけじゃなくてあいつの言葉も一緒に頂いてきますか。




そう今日は2月14日なのだから。