迷いみち

1話

授業参観後の懇談会に出席した親を待つ子供達が校庭を賑わせている。
ドッヂボール、縄跳び、サッカーに鬼ごっこや砂場遊び。
それは私達のいたあの頃となんら変わらず。
微笑ましい光景に目を細めつつ、自分の子供達を捜すため校庭をざっと見渡したその時だった。
張りのある大きな声が私の耳に飛び込んできた。

「お前ら、たいがいにしろよー」

そのフレーズを聞いた途端に私の頭の中はフラッシュバックが起きた。
人間の脳の構造って凄いとしか言いようがない。
もう20年以上前の光景が一瞬にして思い描かれたのだから。
あの声もあの光景も今まで思い出したことなんてなかったのに。

しわがれた大きな声が校庭中に響き渡る

「お前らたいがいにしろよー」
という光景を。

定年間近のその先生はその声と圧倒的な存在感で、担任になった頃はそれはもう皆縮み上がっていた。
けれども少し経つと同じフレーズでも真剣に怒っている時と冗談めいている時があることに皆、気がつき始めた。
怒ると怖い先生だったが、どの先生よりも真剣に子ども話に耳を傾けてくれた。
あいた時間はみんなとドッヂボールもしてくれて、今までの人生における先生という人の中で一番尊敬する先生だったと思う。
どうしているのだろうかと、思いに馳せていると

「恭ママー」
と恭平の幼稚園時代のクラスメートが寄ってきた。

「「久し振り」」
とハイタッチを交し、元気だった?と声を掛けた。
聞くだけ野暮ってものだけれどね。
その子、隆一は恭平と晃平が遊ぶ場所を教えてくれた。
恭平は校庭の角で、ドッヂボール、晃平は砂場で遊んでいると。

始めに砂場に足を向けた。
全身砂だらけになった晃平がいた。

(うっ玄関で靴下脱がせなくちゃ部屋中砂だらけかも……)

泥団子を作った手を大きく振って私の元に掛けてきた晃平。
次男なだけに甘えん坊だ。
無理に繋ごうとする手を洗ってきなさいとたしなめて、恭平の所に。
晃平を待つ間、暫く遠目でドッヂボールをする姿を眺めていた。
少しはまともになったかもしれない。
息子の成長を目の当たりにしてちょっと嬉しかったりして。

するとまたあの声が。
振り向くとその人は後姿で、もしかして誰かの保護者かしら、それともやっぱり先生?
この学校ではあまり見ることのない若々しい背中。
がっちりとしたその体型や機敏な動きからして、そうだきっと若い先生なのかもしれないな、なんて。

そのうち恭平のほうが私に気がついて、校庭の端に投げてあったランドセルを背負ってこちらにやってきたのだった。
目を離した隙に手洗いからまた砂場へと戻ってしまった晃平を大きな声で呼んだ。

「晃平ーいい加減にしなさーい」
と。


子供に呼びかける私の背中に誰かの視線があった事なんてこれっぽっちも気がつきやしなかった。