贅沢な願い事

久しぶり

あそこ、行ってみようかな。
電車に乗って地元の駅まで戻ってきた。
歩いて帰る家への道。
途中私はいつもは通らない懐かしい小道を入った。
そこは、私の通学路。
こんなにも近くにあるのに一本違う道だけにここまで来たのは久し振りだった。
一歩一歩踏みしめて歩いた。
段々と見えてくる大銀杏の樹。
少しだけ色付いた銀杏の葉っぱ。
その光景はあまりにも懐かしくて。
もう10年も経ったのか、時の流れの速さを感じた。
楽しかったあの時代、恋に焦がれた中学生の私。
こんなに苦い恋をするなんてね、それもあの俊平と。
考えられなかったな、本当に。

校門の前まで来ると、扉は閉ざされたまま。
土曜の夕方だから当たり前なのかもしれないがひっそりしていた。
折角だから大銀杏でも写メに残しておこうかな。
カバンの中から携帯を取り出し、勇気を出して電源を入れた。
着信もメールも届いていなかった。

カシャリと一枚撮ってみた。

自然と泪が零れだした。
終わっちゃったかなって。

日も落ち風が冷たくなってきた。
今まであった髪の毛が無くなったのも手伝ってか急に体も冷えてきて、私は懐かしい通学路を通って家路を急ぐことに。
途中には美佐子の家があった。今でも仲の良い幼馴染だ。
思わず美佐子の家の前で足を止めてしまった。
もし、いたのなら話聞いてもらおうかなと。
でもそれはかなり都合の良い話。
だって、あの頃の私と彼を知る人には恥ずかしくって付き合い始めたことさえ言えなかったのだから。
報告が別れそうだって話なんて、おかしいにも程があるよね。後ろ髪を引かれつつも美佐子の家の前から立ち去ろう、そう思った時だった。
さっき使ってから電源を切らなかった携帯が鳴り出した。
メールの着信音、美佐子と書いてあった。
彼女の部屋を見上げつつメールを開いた。

何、人の家の前で突っ立ってるの?早く入ってきなって。

そう書いてあった。
いたんだ、美佐子。

踵を返し再び美佐子の玄関の前に立った。
呼び鈴を鳴らすまえに美佐子が顔を出した。

いらっしゃい、と。

久し振りだね。
うん、久し振り。

そんな挨拶に美佐子が噴出した。
私も釣られて笑ってしまった。

美佐子の部屋に入ったのは何時振りなのだろう。
定期的にメールでのやりとりをし、外で会ったりはするのだが……。

お茶を取ってくるねと美佐子が出ていき一人残された、美佐子の部屋。
毎週行き来をしていた頃とは大分感じが変わっていた。

そっか、カーテンか。
一番違和感を感じたのは部屋の雰囲気。
確か、あの頃は美佐子の好きな淡い桃色だったけ。

少しだけあいた窓から揺れるカーテンは若草色だった。

お待たせっ

そう言って両手いっぱいいろいろなものを抱えた美佐子が戻ってきた。
ペットボトルのコーラ。
これは相変わらずなんだね。

グラスに注がれたコーラを持って何になのか分からないが乾杯をした。

プハーっと息をつく美佐子を久し振りにみた。
これも変わらないんだ。さっきまでのささくれた気持ちが少し穏やかになった気がした。

「いつ連絡くれるかと思ってたんだよ。」
と拗ねたような口ぶり。

「この前いつだっけ?先週?」
はて?メールの履歴に残っているかな。そんなことを思っていたら。

「ふーん。そう言うこと。もう私には報告する気にもならないってか。」
この一言で本当に頭のなかに”!”マークが点滅した。
俊平のことだよね。

「ごめんね。何だか恥ずかしくって……。」
バツが悪くて顔を上げられなかった。

全く誰のお陰で付き合えたんだか

小さい声が聞えた。
直ぐに顔をあげ美佐子の顔を見た。
どういうこと?美佐子のお陰って?

私の顔を見て美佐子はハッとしたようだった。
口を一文字にして、何も語りません。とアピールしているみたいだったけど。
暫くの沈黙の後

「私が言えるのは、あんた達の再会は偶然なんかじゃなかったんだよ。少なくとも俊ちゃんにとってはね。」
言い終えた罪悪感からか、美佐子は大きなため息をついた。

俊ちゃんにとっては偶然じゃなかったって言う事は。

美佐子は満面の笑みを見せてくれた。
「何があったか知らないけど、あいつ本気だよ、それも半端無い位にね。」

頭の中が整理できない。
美佐子の言う事は全くといっていいほど理解が出来なかった。

私はポツリポツリとこの3ヶ月の事を話し始めた。
そっけなさすぎる俊平の事を。

話しを聞き終えた美佐子は一際大きなため息をついた。
そして一言

「そりゃ、自業自得だから。勿論、香也のね。」

ここに来た時から、美佐子の言葉は全部腑に落ちないことばかりだった。
特に最後の自業自得とは?

そして
「私は俊ちゃんに同情するね。香也のことだから昔のノートとかとってあるんでしょ、家に帰ってよく探してごらん。あの頃の私達のあれをね。」

一応アドバイスなのだろうか。
あれだけ持って来てくれたお菓子には全く手をつけていないというのに、美佐子といったら

「ほら、やる事決まったんだから早く帰りな。」
とまで言い出す始末。

私は美佐子の勢いに押されて帰る事になってしまった。
帰り際
「今度はちゃんと報告するんだよ。」
と笑顔で見送られた。

あの頃のあれって。
もしかして……

何時の間にやら早足になっている私。
早く、早く。
気が急いていた。