贅沢な願い事

どんな人が好き?

「ただいま」
そう言って玄関を開く、ブーツを脱ぐのももどかしい。
スポッと脱いだそれをそろえることなく部屋へと向かった。
階段を上り始めると母親が顔出した。

「香也っ」
と声を掛けられたもののその後が続かない母。

「ただいま、母さん私の部屋の天袋って動かしてないよね。」
私の言葉に

「動かしてないけど、それよりあんた随分と思い切って……もしかして母さんのせい?」
と私を見つめた。
すっかり忘れていたあの電話を。

「ううん、違うよ、母さんに電話貰った時にはもうこうなっていたから。大丈夫だって。」
ちゃんと母の誤解を解いてあげたかったけれど、今はこっちが先決だ。
もう一度
「大丈夫だよ、そんな気分だったんだから似合うでしょ?」
と言い残し自分の部屋へ向かう。

買ったばかりの洋服もベットの上に投げ置いて、急いで部屋着へ着替えた。
埃っぽいだろう天袋。
最後にここをあけたのは何時のことだろう。

椅子にのって、ふすまを開けた。
途端に広がるあの身体に良くなさそうな臭い。
マスクした方が良かったかも知れない。
一旦椅子を下り、クローゼットの中からタオルを出した。
工事現場で働く人のように口をタオルで覆って準備完了。
今度こそ捜索開始だ。
手前のダンボールから順に出していく。
これは短大の時の教科書とノート。
これは何年か前のアルバム。
重たいダンボールを持つ手が震える。
これで怪我したらしゃれにならないって。
やっと中学時代のダンボールが出てきた。
中学時代のものは全部で4つ。
部屋を見渡すとダンボールの多い事。
よくもまあこんなに取っておいたものだ。
天袋はさながらドラえもんのぽけっとと言ったところだろうか。

いらないダンボールを部屋の角においてスペースを確保した。
緊張しながら、その中身を広げていった。

一つ一つノートを確かめる。
授業の事の他に端端に友人達の落書きの跡がある。
何もない時だったら、思いっきり楽しめただろうその思い出のノートも今はペラペラと捲っては閉じていく。
これじゃない、これでもない。
最後のダンボール箱にそれはあった。

私と美佐子の交換日記。
大学ノートに4冊あった。確か美佐子と半分づつにしたのだから8冊分もした交換日記。

口を覆っていたタオルを取り、ベットに腰掛けてページを捲った。
今度は一枚一枚丁寧に、見落とさないようしっかりと。

今より少し丸みがかったその文字は紛れも無く私と美佐子のもの。
5行くらいの時もあれば1ページ以上続くものあったりして、読み進めていくうちにあの頃の教室がしっかりとまぶたに浮かんできた。

はじめは私と美佐子の2人の日記だったにも関わらず、最後の2冊はどういうわけだか俊平と大地が仲間に加わっていた。

それはそれで楽しいものだったような。
性格や見た目が変わっても文字だけは変わらなかったようだ。
厳密にいうと少しは変わっているけれど。
癖のある右上がりの文字。
付き合い始めて何度か目にしたその文字。
勿論私に何か書いたっていうものではなくて、それは何かのサインだったり、仕事の電話をメモする文字だったりなのだけれども。

そのページを開いた時、思わず手が止まった。
じわじわと記憶が蘇ってきた。

ページの一番初めには

どんな人が好き?

って書いてあった。
それは美佐子の文字だった。
当時から大地のことが好きだった美佐子が悩んだ末に書いた日記のテーマ。
遠まわしの告白のようなそんな文面が書いてあった。

次のページには大地の言葉が。
そこには一言。

好きになった人がタイプなんじゃない?

大地らしいや。

そのページの反対側には私の文字。

その日記に驚愕した。
こんな事書いてたんだ私……

・まず私より背が高い人。これは絶対条件ね
・優しい人よりちょっと冷たい感じのする人がいいかな。
・追いかけられるより、追いかけるような恋がしたいかも。
・なんにでも一生懸命で、それが勉強でも運動でも仕事でも。彼女は2の次とか(笑)
でもいざって言うと、今やってる月9のように、何も約束していないのに突然連絡がきて突然会えたりするのなんてちょっと嬉しいかも。



これって俊平のことじゃん……






そして、俊平。



目にした瞬間に目頭が熱くなった。