贅沢な願い事
一番長い日3
その後も携帯は鳴る事は無く。
全身から力が抜けたようだった。
昨日までの自分を振り返って、今更ながらに自分勝手な行動に情けなる。
噴水の淵に腰かけて、これからどうすればいいのか、それさえも考える事が出来ない俺がいた。
鳴らない携帯を握りしめながら、ただ時が過ぎて行くだけだった。
女にも話しかけられた。
「ずっと、ここにいますよね、もしお暇だったら私と」
残酷な言葉。
お前なんか、俺には用がないんだよ。顔をあげる事さえしなかった。
暫く俺の前に立っていたようだったが、俺が反応しなかった事が気に障ったようで、アスファルトを蹴るようなハイヒールの音が段々と遠ざかっていった。
真上に来た太陽。
緊張や不安、暑さ。
身体中の水分が弾け飛んだようだった。
駅の階段したにある自動販売機はここからだと死角に入っている。
もし、この場を離れた時に香也が来たらと思うと、動けなかった。
それだけはない、足に力が入らず動けなかったという方が正解かもしれない。
香也のくる方向に、顔を向ける事さえ出来なくなっていた。
周りの喧騒も耳に入ってこなくなった。
もう随分と長い事、座っていたの、そう気づかされたのは鐘の音だった。
音の入ってこなかった俺の耳に、響いた鐘の音。
時間は2時を回っていた。
これで最後にしよう。
徐々に聞こえてきた、周りの音。
目を閉じて、噴水の水音を聞いた。
その柔らかい音に少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いたと感じたその時に、携帯のボタンを押した。
1回2回3回……
そしてまた、無情にもアナウンスが聞こえてきた。
俺の声も聞きたくないっていうのか。
携帯を閉じて、ズボンの後ろポケットにねじ込むと、ふらり駅へと歩き始めた。
一歩踏み出す足が重たくて仕方がない。
ゆっくりと歩む足とは反対に早く、激しく波打つ鼓動。
その時に微かに聞こえた携帯の着信音。
香也専用にしてあるメールの着信音だった。
道の真ん中にいるのも構わずに立ち止まって、ポケットに手を入れた。
香也の事だ、メールに気がつかなかった、友達と会っているの。
そんな言葉と共に謝罪の言葉が並んでいるのではないかという微かな期待。
今の俺なら、どんな事だって許せる、そう思って開いたのにそこに書いてあった言葉は残酷なものだった。
――ごめんね――
一言だけのメール。
ごめんねの意味する事は?
メールに気がつかなった事か?
それとも、もう俺とは……
今すぐにでも会って真相を聞き出したいと思う自分。
しかし、香也の口から終止符を告げられるのではないかという恐怖が俺を……
携帯を握りしめながら、思い足を引きずるように歩き始めた。
今なら、電話繋がるはずだ。
何処にいるかを聞いて、香也に会うんだ。
それがお前だろ?
頭の中で何かが囁く。
一方で、今は時間を置くんだ、冷静になれ。
そう囁く何かもいた。
意識をせずに、向かった先は、俺の住む社宅だった。
目の前にあるコンビニに入り、酒を買いこむ。
沢山買いすぎて、ビニール袋が手にくいこんだが、そんな事は全く気にもしなかった。
久し振りに入った部屋で、真っ先に窓を開け放つと、すぐさまプルトップを引き上げた。
乾ききった身体に、ビールがあっという間に浸みこんでいく。
次から次にと、缶を開けても、ちっとも酒の味なんてしなかった。
黙々と飲んでいながら、何度も香也の名前を呼んでいた。
本当だったら、今日の晩はここに香也を連れてくるはずだったのにと。
気がついたら、目の前に大地が立っていた。
いつの間にか俺が呼びだしたらしい、部屋には無数の空き缶が転がっていた。
大地の話によると、酒を買って部屋に来いといったらしい。
全く覚えていなかった。
大地は呆れたといいながらも、一緒に酒を呑んでくれた。
鬱積した思いを大地に向かって吐きまくった。
強気な俺なんて、本当は何処にいなかったんだ。本当はいつも不安で仕方がなかったんだ。
付き合えた後は、俺に惚れさせる事で一杯だったが、いつまで経っても他人行儀というか、一歩引いている香也に、いつ愛想をつかれるのではないかという不安は付きまとっていた事。
テンションが上がったり下がったり、それでも、酔ったという感覚は全くなかった。
「もう駄目かもしれない」
口にしたら本当になりそうで、言えなかったその言葉を言ってしまった。
大地が慰めの言葉を言ってくれたけれど、全く気休めにもならなかった。