贅沢な願い事

一番長い日2

香也にメールを送ってから1時間経った。

もしかして、未送信だったりしてないか?
携帯を開き確認するも、そんな事はなく、俺の送ったメールには、ちゃんと送信済みのマークがついていた。
心臓が細かく鼓動する。
もう一度、送ってみるか? 何度もそう思ったのだが、もう少し待ってみよう。
その繰り返しで、その間にもどんどん時間は過ぎていく。

動物園の檻に入ったライオンのように、部屋の中をうろつきまわる。
じっとなんてしていられなかった。
緊張と不安ではりついた喉、落ち着けと考えるだけで空回りしてばかり。

コーヒーでも飲むか……

階下に来ると母親と妹がのんびりとくつろいでいるのが目に入り、ヤツ当りをしそうになる自分をグッと堪えた。そんな俺をお構いないしに、大きな口を開けて笑っている2人。
俺に気がつき
「どうかした?」
なんて、のんびりとした母親の口調。まるで俺をからかい、楽しんでいるように思えるのは気のせいだろうか?

「別に」
とアイスコーヒーを一気に飲みほした。

もしかしたら、俺を驚かそうと先に行ってたり何て事はないよな。
この前の待ち合わせで
『今度こそ私の方が早いと思ったのにな』
と呟いた香也を思い出した。ここにいても同じだな。

「俺、ちょっと出掛けてくるから。今日は向こうに帰るから夕飯はいらない」
それだけ言うと俺は、玄関を飛び出した。
駅への道には途中香也の家がある。こんな思いをするのだったら、迎えに行くと言えば良かったのかもしれない。今更ながらに後悔だ。
香也の家の方向を、恨めしい目で見つめながら、待ち合わせに指定した噴水広場へと足を進めた。
土曜の午前中という事もあってか、いつもよりも人が多かった。ベタベタといちゃつく恋人が目に入り、知らぬ間に、拳を握り締めていた。

ざっと見渡しても香也の姿は見られなかった。
携帯を握りしめ、香也のくるであろう方向を見つめる。
いつもハニカンダ笑みを浮かべ走ってくる香也。迎えに行ったんじゃ見れない顔だ。
後10分。後5分。そして……とうとう10時になった。
携帯を開き、メールを送る。
「遅い」
本当は時間ぴったりだ、遅いなんて事は全くないっていうのに。
だけどこれ以上、何も書けなかった。情けない俺なんて、見せられないだろ。
香也を待ちわびる事30分、俺の周りの人が入れ変わっていた。

右手にはしっかりと携帯を握りしめていた。
噴水に並んで立っている時計が、澄んだ鐘の音で11時を知らせる。
いっこうにならない携帯を開き、迷いながらもメールを送った。

――連絡しろ――
不安と苛立ちといろいろな想いが交差する。
いつもの言葉回しでメールを送ってしまった事を初めて後悔した。
追われなくたっていいじゃねえか。
香也が隣にいればそれだけで、十分だろ?
弱気な俺が顔を出す。

深く息を吸いこみ、携帯を握りしめる。
もしかして、携帯の電源が入っていなくて、メールに気がつかなかったとか?
ちょっとの期待を持って俺は、香也に電話を掛けた。
しかし、俺の思いとは違い、直ぐに聞こえるコールの音。
そして、香也の声を聞かぬまま、留守番電話の案内へと切り替わってしまった。
聞きたくもない、その声を立ち切ってもう一度電話を掛け直した。
しかし、また……

調子が悪いとか、そういうんじゃないよな。
そんな考えが過った俺は、今度は香也の自宅に電話を掛けた。

――はいもしもし――
やけにテンションの高い香也の母親だった。繋がった事に一先ず安堵する。

「こんにちは、徳山です。今日は香也さんは」
香也の母親は、俺の言葉を聞き終える前に、さらに高い声で

――あら俊平君、久し振りね、たまにはうちにも寄っていってね。そうそう、香也ね、今日はいつもよりお洒落して出掛けていったわよ――

いつもよりお洒落して出掛けた?

出掛けた……

――あら、随分前に出たのに、まだ待ち合わせ場所に着いていないのですか?――
尻つぼみになりながら、香也の母親はそう告げたのだ。
動揺する自分を抑え(多分できていなかっただろうが)

「そうですか、解りました。そのうち寄らせて貰います。では失礼致します」
そういうのが精一杯だった。

誰と一緒にいるんだ?
いつもよりお洒落して?

携帯を持つ手が勝手に動いていた。

――連絡してほしい――

心の底からの本音だった。