贅沢な願い事

誰のせい?

駅前でタクシーを拾って住所を告げると、一瞬運転手の顔が曇ったような気がした。
それもそのはず、下りたのは1メーターの場所。
すみませんでした。と思わず言ってしまった。

社宅と言われて来てみたが、そこは結構りっぱなマンションだった。
俊平って凄いとこに勤めてるんだと改めて思ってしまった。

エントランスで部屋番号を押した。
勢いで着てしまったけれどもしかして、留守だったりするかも。
そんな事にさえ頭が回らなかった私。
程なくして、そこから声が聞えた。
一瞬部屋番号を間違えたのかと思った。
インターフォンから聞えた声は、俊平のものとは違う男の人の声だったから。
間違えましたと言おうとしたら、向こうから声がした。

「香也?俺、大地。今行くからそこで待ってて。」
小声でそう言われた。

私が返事をする前にプツリと切れてしまったようだった。
仕方なく、壁に寄りかかり大地を待つことにした。
どうして今日は俊平に会えないのだろうか?
そんな事を考えつつも待ってしまう私。

エレベーターが下りてきた。
そこにはやっぱり大地一人が乗っていた。

「よう久し振り。」

「うん、久し振りだね。」
ありきたりの挨拶をした。
そういやさっきも美佐子とこんな挨拶したっけ。
思わず笑ってしまった。

「何がおかしいんだ?それはそうとちょっとそこまで付き合え。」
私の腕を取り歩き出す大地。
まだ8時だっていうのに凄いアルコールの臭いがした。

「大地?酔ってるの?俊平は、俊平はいるの?私話さなくちゃいけないことがあるんだけど。」

大地は一旦足を止め私に向かいなおした。
「酔ってるって?全く誰のせいだと思ってるんだか。俊平は家にいるよ。それよりその話しのことでここまできたんだ。そこの公園でまず俺に話してくれないか?あいつきっと今冷静に話し聞ける状態じゃないと思うから。」
それは凄く真剣な目だった。
大地に話すってと思いながらも、こんなに真剣な目で言われちゃ断ることなんて出来なかった。
「分かったよ。だから、この腕放して。」
酔っているからだろう、その力は少し強くてちょっと痛かった。

大地はぱっと離して”ごめん”と言ってくれた。

公園のベンチに座って暫く沈黙が続いた。
くる途中に買ったスポーツドリンクを大地が3口程飲み終えた時に話しを切り出された。

「もう、駄目なのか?あいつじゃ駄目なのか?」

唐突過ぎる大地の言葉に私は目を丸くするばかり。
きっと今日はそんな日なのだろう。

「そんなの私が知りたいよ。だからこうやって知らされもしないところまできたっていうのに。」
それは呟きにも聞こえるそんな声。

「知らされてないって?社宅のことか?」
大地も驚いているようだった。

「うん、さっき始めて聞いた。大地は知ってたんだね。」
もしかして彼女じゃなかったのかもとまで考えてしまったり。

「あぁ、引越しとか手伝ったから。初めは兎も角、もうとっくに話したのかと……何を考えてるんだかあいつは。」
大地も私と同様最後は呟くようなそんな声だった。

また2人の間に沈黙の時間。
そんなうちに段々大地の酔いも冷めてきたようだった。

「お前、今日”ごめん”ってメールよこしただろ?あいつ何度連絡しても連絡つかないって、って荒れちゃってさ。どうにもこうにもなんねえんだよ。だからてっきり香也からとうとう愛想尽かされたかと思って俺。」
大地は其処まで言うと手に持ったスポーツドリンクをゴクリと飲んだ。

荒れるって?そんなの信じられない。
だってあの俊平だよ。
私になんて全然興味なさそうで、だってだって。

「違うのか?」
大地の声に大きく頷いた。

「本当に?別れ話をしにきたんじゃないのか?」
今度は2回頷いた。

「何をやってるんだか。じゃあこれ。あいつのキーだからこれであいつのとこ行ってくれ。俺はこのまま家に帰るから。荷物は後で届けてくれればいいからって伝えてくれ。」
そういいながら、ポケットの財布を確認すると大地は私の返事を待たずに行ってしまった。