電車通学

覚悟を決めて

「だから、早く貸しなさいって」

「貸さないって」

さっきから、桜と私の携帯を貸す貸さないでいったりきたり。


とうとう痺れを切らした桜が実力行使にでた。

「大丈夫だから、任せなって」

任せなって言われても。
さっきは思わず”解った”と言ってしまったけれど、正直まだ迷っている私の気持ちを無視して、携帯を取り上げられた。

手早く履歴を出し、ボ・ボタンを押してしまった。

そう、画面には

「眼鏡君」

の文字。
本当に押しちゃったよー。

「善は急げっていうからね」
とあの危険な笑みをして桜は私に携帯を差し出した。
やっぱり私が出るんだよね。

覚悟を決め耳に当てる。
数回のコールの後、眼鏡君もといけいご君のお母さんだろうか、女性の声が聞こえた。

「もしもし」

私の緊張は深まるばかり、やっとの事で声をだした。

「私、佐伯と申します。けいご君いらっしゃいますか?」

すると
「圭吾ね、いるわよ。ちょっと待っててね」

そういって彼を呼ぶ声が聞こえた。
遠いところにいるのか大きな声だった。

どうしよう、どうしよう。
心臓がこれ以上ないって位動きだした。
隣にいる桜に聞こえるんじゃないかって思う程。

電話の向こうでは
「ごめんね、待たせちゃって」
と優しく響く女性の声

「いいえ、突然電話したのは私の方ですから」
そう、私にとっても本当に突然なのだから。

このまま切りたくなってくる衝動にかられる。
まだ大丈夫、だって佐伯っていっても彼は知らないのだからなどと思っていると
いつの間にやら彼に受話器が渡ったようで

「……切るよ」
と聞こえた。

反射的に
「待ってください」
と言うものの何を話せばいいのだろう。

すると
「佐伯さんってもしかして、電車の?携帯を貸してくれたあの?」
彼の声が途中で止まった。

怪しい人だと思われた?
ストーカーだなんて思われてないよね。
一瞬のうちに不安が駆け巡る。

「本当に、本当に君なの?」

低く響く彼の声

「はい」
それしか言葉が出なかった。

「嬉しい」

嬉しい?今嬉しいっていった?
隣の桜をみるとニヤっと笑って親指を突き上げた。

「それで」
私が言いかけると

「今何処にいるの?これから時間ある?」
矢継ぎ早に彼から発せられた言葉を理解するのに私の頭は追いつかない。

暫しの無言の後

「今は家にいます。時間もあります」
彼の質問にだけ答えた。

「会いたい。君に会って話がしたい。駄目かな?」
遠慮がちに聞く彼。

「私も、私も貴方と話しがしたくて」

そこまで言うのが精一杯。

「今から行くから、教えて何処まで行けばいいか。佐伯さん」

佐伯さんと彼が言った。
私の名前を彼が呼んでくれた。
暫しの呆然。
すると、桜に肘で突付かれた。
はっとして我にかえる。
何処ってここまで来てくれるの?
そう思ったのだけど

「じゃあ、あの駅まできてくれませんか?コーヒーを買ってくれたあの駅に」

彼からだけではなく、私も彼に会いに行きたかった。

「解った。直ぐに行くから、待ってるから」

「はい」

そういって思わず携帯を切ってしまった。
あまりの展開に自分でもびっくりだった。
期待していいんだよね。

桜を見ると
「良かったじゃん」
と満足気に微笑でいる。

「それより、早くした方がいいんじゃない?あんまり待たせすぎるのもどうかと思うよ」
と立ち上がる。

「私駅前の本屋に寄って帰るから、駅までね。大丈夫頑張れ」
って背中を押してくれた。

「うん」
ここまできたら行くしかないから。
例え玉砕しても、もう1度だけでも彼と話せるならそれでいいかもしれない。

クローゼットからお気に入りのワンピースを出し、袖を通した。
鏡の前に立ち

よしっ!

っと気合を入れた。
桜が

「よしっ!ってなに?」
と笑ってる。

気持ちもほぐれて桜と2人玄関をでた。

今からこんなに心臓がドキドキしっちゃって。
きっとこれ以上早く動いたら、このままドキドキが続いたら私の心臓壊れちゃうんじゃないかと思ってしまった。