電車通学

待ち合わせ

「じゃあ、頑張っておいで」
と手を振って去っていく桜。

そんなにあっさりと行かれてしまうと。
まるで、また明日ねと学校で別れるみたいなそんな軽い言葉。
これから、私の一大事だっていうのに、嗾けた本人は気にも留めていないようだよ。
こんな時は最後まで見届けるものじゃないの?
振られちゃったら、私一人で電車に乗って帰れるだろうか?
ここまできても、まだ不安が拭えないでいる。

いつもように、改札をくぐり駅のホームに立った。
大きく深呼吸して少しでも落ち着くように頑張ってみるものの、ドキドキは治まってくれない。

洋服大丈夫だよね。
髪の毛はねてないよね。
何度も鏡でチェックしたのに気になってしまう。

とうとう電車がきてしまった。
電車をのるだけなのに、こんなに緊張したことはあっただろうか?
高校受験だってこんなに緊張しなかったと思うよ。

彼に会いたい気持ちと逃げてしまいたい気持ちと。
待ち合わせの駅が近づけば近づくほど、こう胸がキューってなるっていうか、なんていうか倒れそうになったりして。

まるで、電車の中に私だけしかいないみたいに、周りの人も見えなくて、音も聞こえなかった。唯一聞こえるのは未だに落ち着かない胸の鼓動だけ。

そして、とうとう駅に着いてしまった。

一歩ホームへと足を踏み出す。
「頑張れ私」
気がついたらそう言っていた。

目の前にはこの前コーヒーを買ってもらった自動販売機。
財布からお金を取り出し、毎日眺めているそれを2つ買った。

ゴトリと音を出し、落ちてくる缶コーヒー。
しっかりと両手で抱えて、改札をでる。

不安な気持ちで前を見るとそこには壁にもたれる彼がいた。
あの笑顔で私を迎えてくれた。

ま・眩しい

いつもは学生服しか見たことのなかった彼。
すらーっとした背にジーンズが良く似合う。
合わせて羽織っているシャツも。
まるでモデルのように壁に寄りかかっている彼に前を通り過ぎていく女の人が振り返っている。
そんな彼が私を待っていてくれているなんて夢じゃないよね。

改めて彼を見ると、彼の手には私と同じ缶コーヒー。

彼も私に気がついてくれたようで、手元にいった視線に気がつき、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
そして、彼が私に近寄り

「良かった来てくれて。俺、浅野圭吾」
と。あさのけいご。彼の名前が私にインプットされた瞬間だった。

「私、佐伯郁って言います」

緊張がピークに達したせいなのか、私の声は凄く大きくて、周りの何人かが何事か? と振り向くほどだった。

最悪だよ。
只でさえ赤かったろう私の顔はこれ以上ないって位赤くなっていたと思う。
耳の裏まで熱くなったのが解ったから。
恥ずかしくて、来た道を戻りたかった。
もう1度やり直したいよ。

そんな私を気遣ってくれてか、彼は
「ここじゃなんだから、移動しない?」
と言ってくれた。

彼の言葉に頷いた。

彼は小声で何処にいけばいいんだ?電車に乗って移動した方がいいのか?
なんて呟いていた。
きっと独り言を言っているとは気がついていないようだった。
そんな彼を見て少しだけ、緊張がとれたみたいで。

「じゃあ、この先に公園があるのでそこにいきませんか?」
と言ってしまった。
この前お姉ちゃんと待ち合わせた公園。

「そうだね」
と言って、くるりと向きを変え2人で並んで歩いた。

私の隣に彼が並んで歩いている。
もうそれだけでおかしくなりそうだった。
それなのに、時折コーヒーを持った手がぶつかって。
また心臓が飛び出すんじゃないかって思ってしまった。
私だけがドキドキしてるんだろうな。
ちらっと横目で彼を見上げるも、彼は前を向いたままでその表情はよく見えなかった。

何から話せばいいのかな。
公園までの道のりを1歩1歩踏みしめながら歩いていった。