電車通学

祭りの待ち合わせ

さっきから時計の音が気になって。
何度も何度も振り返って時間を確認してしまう俺。
そんな何度も見たって時間の進みは変わらないって分かってはいるけど見てしまうものは仕方がない。

待ち合わせ時間は4時半だ。今はまだ2時にもなっていなかった。
本当だったら、もっと早くに待ち合わせをしてもっと長い間会っていたかったっていうのが本音だ。
でも誘ってくれたのが郁だったから、自分で時間を言い出せなくて郁が言い出すのを待ってしまった俺。

結局昨日の放課後、真治といる時にメールが届いた。
何とも間の悪いメールだった。
俺はどうも顔に出てしまうようで、真治に追求されて今日の祭りの事まで話す羽目になるなんて。
すると真治は
「だって祭りだろ? いろいろ準備するのがあるんじゃないのか?」
とそっけない言葉。
なんだよ、祭りの準備って? と思ってみたのだけれど、もしかしてそれって浴衣だったりするのだろうか?
淡い期待を持ってしまった
「いいね、彼女と一緒に祭りなんて。俺も行っちゃおうかな」
またあの顔だよ。
冗談じゃない。

冗談じゃないぞ

俺の顔は一瞬で変化したらしく。
真治は腹を抱えて笑い出した。
全くむかつく奴だ。

そうして今に至る。
こんなに時が経つのが気になるのは初めてだった。
好きな作家の新刊が出るのを楽しみにしていた時だってこんなには待ちわびたことはなかったというのに。

またちらりと時計を見ても5分と進んでいない。
時計が狂っているのでは? といらぬ考えをしてしまう。
どうせなら、先に出掛けるとするかな。

財布っと。
ジーンズのポケットに無造作に突っ込む。

本屋にでも行ってみるか。
左の手首に時計を嵌める。
これで出かける準備は完了だ。

廊下に出ると、カチャリと玄関を開ける音がした。
買い物袋を持った父さんだった。
その後ろから母さんがひょっこり顔を出した。

「圭吾、出掛けるの?」

「あぁ」

だからその顔はやめてくれって。
学校では真治、家では母さんって、どうしてこう俺の周りには……

すると2人と廊下をすれ違い様に今度は父さんが

「デートか」
と。

その瞬間”痛って”の声とボスっという衝撃音。

「嫌だぁお父さんったら、圭吾が照れてるじゃない、こういう時は黙って見送ってあげなくちゃ」
と一際大きな声の母さん。
そっちの方が恥ずかしいから。
どうしてこうなるかなぁ。

顔を上げずに靴を履き
「今日夕飯いらないから、じゃあいってきます」

後ろ手にドアを閉める瞬間、声を抑えた2人の笑い声が。
帰りたくないかも。
でもここに兄貴までいなかったのは幸いか?


駅へと続くいつもの道。
待ち合わせ時間にはたっぷり時間があるというのに自然と早足になってしまう。
早く着いたからといって、早く会えるわけでもないのに。
俺ってこんな奴だったのか? 思わず苦笑してしまった。

改札を通りホームへ降りた。
朝とは反対方向のこの場所。
本を持たずにここに立つのは初めてかもしれない。
今までは気にした事のなかったホームを眺めてみる。

ホームの端には花壇があったり、気がつかないうちにベンチが増えていたり。
如何に自分が周りを見ていないかが分かった。

電車に揺られ窓の外も眺めてみた。
これは郁が見ている風景なのかと漠然と思う。
それは住宅街の中にぽつんと見える公園だったり、建物の上だけ見える教会だったり。
毎朝乗っている電車にも関わらず、どれも初めて見る風景だった。

電車が甲高いブレーキ音と共に待ち合わせの駅へと滑り込んでいく。
郁と付き合うようになって最近良く降りるこの駅。
郁と待ち合わせをしていると思うと喜びがこみ上げてくるようだ。
あたりを見回すと駅前の道は、休みせいか、お祭りのせいか、いつもよりも人が多いような。
人の波を潜って始めの予定通り本屋に向かった。
買うのが目的ではないので多少申し訳なくなってしまうのだが、今日は大目にみてもらおう。
ぐるりと店内を見渡し、目的のコーナーへ。
地元の本屋より規模の大きいこの店は、今まで見た事のない本も平積みされていた。
おもむろに手に取った1冊のハードカバー。
通学中や出掛ける時は文庫本がいいのだが、じっくりゆっくり読むのはこちらの方が断然いい。ずっしりと手に残る感触が堪らない。
本を開いてみると案外面白くて、ページを捲る指が進んでいった。
半分ほど読んだところではっとして時計を見る。
待ち合わせ時間の20分前だった。
慌てて本を閉じる。買っていってもいいのだが、今日はこの後――。
多少後ろ髪を引かれつつ、店から出ようとレジの前を通り過ぎると店員に大きな声を掛けられた。

何も買っていないのに、”ありがとうございました”はないだろ。
その時レジの横の張り紙が目に入った。

バイト募集

の文字。心の中に少しだけ留めた。

引き返す道は来たときよりも人が多く感じられた。
きっとそれは、浴衣姿の子が増えたせいかもしれない。
一段と早くなる足。
階段を駆け上がり、待ち合わせ場所へ。
時計を見ると、15分前だった。
一息ついて、壁に寄りかかる。
そして、郁の家のある方向一点を見つめる。

後もう少し、そう思う俺の前に2人の女の人。
俺より少し年上だろうその人は

「待ち合わせしているの?」
と話掛けてきた。

「彼女を待ってますから」
自分でも驚く程の低い声だった。

2人は一歩引き
「そうなんだ、じゃあ」
と言って消えていった。

楽しい時間に水をさされたような気分がした。
時計を見る。
後10分。

その後も話掛けられてしまって、仕方なく目を瞑って待つことに。
だけど時間は気になるもので、ついつい時間を確認してしまう。

後5分。
時計を確認して、前を見ると。

「ごめんね、圭吾君。待っちゃった?」
と息を切らして自転車を転がす郁が立っていた。
浴衣じゃないのは少しだけ、ほんの少しだけ寂しい気がしたけれど、ワンピース姿の郁も凄く可愛くて。
にやけそうになる顔を抑えるのに必死だった。