電車通学

祭りの待ち合わせ2

圭吾君は一瞬の間があった後、”楽しみだよ”って笑顔で言ってくれた。
こんなことならもっと早くに言えば良かったかなぁなんて思ったりもしたけれど、結構誘うって勇気がいるんだよね。
圭吾君か。
呼びたくて、でも呼べなかった名前。
緩む頬をおさえることなく何度も彼の名前を呟いてしまった。

圭吾君の名前を連発して興奮してしまったのか、まるで小学校の時の遠足の前日のようなそんなふわふわした感じで中々寝付けなくて。
今日の朝も目覚ましがなる前に起きてしまった。
待ち合わせは夕方だったりするのにね。

そう、今日は高山神社の夏祭りなんだ。

両親は、久しぶりのデートだからと午前中から出掛けていってしまった。
残されたのは私とお姉ちゃん。
お姉ちゃんは私が今日出掛けるを知っているから、さっきから何だか何か言いたそうで。
何を言われるかちょっとビクビクしちゃったりしてるんだ。

「郁」
ほらきた。

「何、お姉ちゃん」
平常心平常心。

「大丈夫だよ、そんなに身構えないでって。お昼どうする? 私2時には出るから何か食べたいものあるんだったら、買い物行くけど」

何だ、買い物ね。とは思うもののやっぱりそれは車だったりするんだよね。
是非ともそれは遠慮したい。

「あるものでいいよ。ご飯残ってるんだったら、それでいいし。パンなかったっけ?」
確か、何枚か残っていたような気がするけれど。

「ごめん、昨日の夜おなか空いて食べちゃったんだよね。ご飯は――。残念ながらさっきので最後だったみたいだよ」
水切りの中に綺麗に洗った炊飯釜があった。

「じゃあ、パスタは?」

確かパスタソースがあったような。
そう呟きながらお姉ちゃんは、ストッカーを覗き込んでいる。

「あった。これでいいっか」
手にはトマトベースのパスタソース。
一時我が家で嵌ってしまい、売り出しの時に買いためたのもだった。

「あれだけ、しょっちゅう食べてたのに、ぱったり食べなくなっちゃったんだよね」

確かあの時は、お母さんが次のターゲット”サラダラーメン”に嵌ってしまったからだ。
ほんとだねって2人で笑いあった。

パスタを茹でている間に、ありあわせの野菜でサラダを作ってインスタントのカップスープを用意した。

久しぶりに食べたせいか、その味が良かったのか、とても美味しかった。
食後に紅茶を飲みながらお姉ちゃんと他愛もない話をしていたら、私の携帯が鳴りだした。

「圭吾君?」
とにっこり微笑むお姉ちゃん。

「違います。よっちゃんだよ」
そういながら携帯を耳にあてた。
着信音が違うものに設定してあるにも関わらず、私も一瞬ドキっとしちゃったんだけどね。
お姉ちゃんの疑いの眼差しを浴びながら

「もしもし」
と声を出すと、携帯の向こうから

「郁ー元気だったー?」
と大きな声が聞えた。
ちゃんとお姉ちゃんにも聞えたみたいで、わかったよと言わんばかりに一つ大きく頷いてる。
中学の時によく家にも遊びに来たからお姉ちゃんもよく知ってるもんね。

「元気だよ。久しぶりだね。どうした?」
私はあんまり考えずに声に出したら

「どうした? ってそれはないでしょー。今日は何の日だか忘れちゃったわけ?毎年一緒だったのにあんた薄情だね。さては男が出来たんだ」

一気に捲くし立てられて、おまけにさっきの一言で分かっちゃうものなの?
息を呑んだ私によっちゃんは

「もしかして、当たっちゃった?」

「う・うん」
思わず頷いてしまった。

「へぇー、私には教えてくれても良かったんじゃない? それで? まさかその彼とデートなわけ?」
よっちゃんはやっぱりよっちゃんだった。
桜に初めて会ったときの親近感はこの友人のせいだと何度思ったことだか。
顔とかは全然違うんだけれどね。
桜は綺麗系で、よっちゃんは格好いい系だ。
桜は顔と性格のギャップがあって、よっちゃんは……。
そんなとこです。

「郁ーっ」

「なあに?」

「なあに? って、変わらないねそのマイペースなところ。みんな最近、郁に会ってないから楽しみにしてたんだよ。特に○×△□……」
最後の方はよく聞えなかったけど、よっちゃんの勢いは感じられて。

「そっか、連絡しなくてごめんね。でも私も今日行くから向こうで会えるかもね」
圭吾君と一緒にいるところを知っている人に見られるのはちょっと恥ずかしかったけど、こればっかりはね。

「ふーん、一緒に夏祭りに来るんだ。そりゃあ見ものだ。でもまあ、毎年約束してたわけじゃないからな。さっき一方的にああ言っちゃったけどしょうがないって分かってくれるよ、みんなも」
最後の方は笑いながらよっちゃんはそう言ったんだ。
その後は、圭吾君の事とか言わされて、違う学校にいった奴の話なんかしながら長電話してしまった。
途中お互いが家にいるのが分かったから家電話に切り替わったけどね。
随分と話し込んでしまった。

2階から着替えて出てきたお姉ちゃんを見て、時計を見た。




お姉ちゃんはさっきバイトに行ってしまった。
危なかったよ、お姉ちゃんが降りてこなかったらもっと話し込んでいたかも。

今の時刻は3時半だったりする。
待ち合わせまで後1時間。

私は、和室でこの2組の服を並べて悩んでいた。

一つはお気に入りのワンピース。
一つは――紺色の浴衣だった。

浴衣は去年おばあちゃんが私に縫ってくれたもので、私の大好きな朝顔の花が散りばめられたもの。私とお姉ちゃんが成長する度に仕立ててくれるんだ。
お祭りには毎年浴衣を着ているのだけれども、圭吾君と一緒だと思うと恥ずかしくなってしまう。
気合入りすぎって思われないかなぁ。

そう思っているうちにも時は過ぎていくわけで。
浴衣だったら、歩いていかなくちゃだから、着付けをする時間を入れるともうタイムリミットだ。
すっごく悩んだ結果、私は一方を取り着替え始めた。
でも着替え終わっても、まだ迷ってしまったり。
かなり悩んでしまったせいか、結構時間が過ぎてしまって、待ち合わせの駅にはぎりぎりの時間になってしまった。

そこにはもう壁に凭れ掛かった圭吾君がいて。
遠目でみてもよくわかる、格好良すぎです。
このドキドキは自転車を急いせいなんかじゃない。

「ごめんね、待っちゃった?」
息を切らせて、”静まれ心臓”と右手で心臓を押さえながら声を出す。

「うん、待った。でも俺が楽しみで早く来すぎたせいだから。それにほらまだ時間になってないし」
腕時計をした腕をくるりと上げ、3分前の時刻を私に見せた。
その時の圭吾君の顔。

やばいってその顔は! 心臓はますます早くなるばかり。
私は
「ねっ。それより早く行ってみよう。お祭りなんて久しぶりだよ」
そう言うと。

圭吾君は私を見つめた。
一瞬のうちに顔が更に熱くなるのが分かった。
付き合いはじめて1ヶ月経つというのに、まともに圭吾君の顔を見るとおかしくなりそうだった。