電車通学

甘味処

って俺何やんてんだ。

思わず郁に見入ってしまった。
たった1日会わなかっただけなのに。

ちょいと上目使いで俺を見ている郁。
分かってやっているんならまだしも……
学校行ってそんな顔で他の奴見てたりしないだろうな。
ちょっと、いいや、大分不安になった。

ふいに顔をそらした郁はやっと会えた俺に

「ちょっと待ってて」
と自転車に跨り何処かに行こうとするし。
俺ばっかりなのか?

思わず郁の腕を掴んでしまった。

「圭吾君?」

だから、圭吾君じゃなくてどうして俺を置いていくんだよ。
ちょっとぶっきら棒に

「何処行くの」
って言ってしまった、拗ね全開って奴だ。

「自転車を置いてこようかと。だって邪魔かなって」
俺が急に腕を掴んだからか、郁は小さな声で言ったんだ。

確かに、自転車は邪魔かもだが。
だからって俺を置いていくことないじゃないか。

「一緒に行くよ」
郁から自転車を引き離した。

――直ぐそこだよ
って郁の声が聞えた。

だったら尚更一緒にいけばいいのに。

「そっか、そうだよね」
郁はそういうと”こっちだよ”と半歩先を歩いた。

もしかして、また口に出してしまったのか。

半歩先の郁を見て、顔見られなくて良かったとほっとする。

自転車を置いてきた郁と歩く。
神社へと続く道すがら、ちらほら屋台も並び始めている。
電線には町内の商店の名前らしき提灯もぶら下がっていて、中には浴衣姿の子も、このお祭りの雰囲気を際立たせていた。
そして、部活帰りだろう学生の集団やカレ、カノっぽいのもいたりする。
そんな風景を羨ましく眺めてしまった。

同じ学校か、と。

しかし、さっきから2人のこの微妙な隙間はどうなのだろう。
ほんのちょっぴりのその隙間が、今の俺達の関係を表してリアルだったりする。
さっきの郁といい、勿論俺もだけどお互いの遠慮が抜けていない。
今だって手を繋げばいい、只それだけのことなのに。
さっきから、たまに手が触れるんだ。
その度に手を掴みたいと思うのだけれど、郁はちょっと手を竦める。
そして、また微妙な隙間が出来てしまうんだ。

郁はさっきからこの町の説明をしてくれている。
ここのパン屋はフランスパンが絶品だとか、ここの駄菓子やは種類が豊富だとか。
いつもの通りに身振り手振りで説明している。
そんな郁を見て相槌をうちながら、自然と口角が上がる。

さっきの学生を見て思い出したのか、郁は昼頃に中学の同級生から電話があったのだと話し出した。
子供の頃こそ家族で来ていたが、小学校の高学年からは友達とお祭りを楽しんでいたと。
だけどそれは待ち合わせではなく、暗黙の了解のように誰彼ともなく神社の境内に集まってくるというものらしい。
今年も集まっていると思うんだと楽しそうに話す郁にちょっと嫉妬をしてしまった。

でも、その話の最後に、電話をかけてきた友人に彼氏が出来たって報告したんだ。
って頬を染めながら話てくれた事によって気をよくしている俺。
たった一言であがったり下がったりしているな。

「あっここね、すっごくあん蜜が美味しいんだよ。最近食べてないなぁ」
郁は俺に説明しながらもガラスケースを覗き込んでいる。

ガラスケースにはあん蜜や、蜜まめ、ところてん、安倍川もちなどが並んでいた。
甘味処か。
ちらっと腕時計を見て時間を確認する。
梅雨明けのこの時間、陽はまだ高く蒸し暑い。
祭りの時間はもう少し後でも十分だよな。

「入ろうぜ」

自分で言った後に”あっ”と思った。
まるで真治に話掛けるようにそう言ってしまったことを。
一昨日まで”佐伯さん”なんて言っていたのに。
しまったと言う顔をしていたのが通じてしまったらしく。

郁は一瞬きょとんとした後、うんと頷いた。
そして
「遠慮しないで、いつもの圭吾君でいてね。私はその方が嬉しいから」

今度は俺がきょとんとするほうだった。
慎重になりすぎているは確かだ、でもこんな自分も嫌じゃなかった。
他の奴らに対しては全く沸かない感情や、言葉一つ一つを選んで話てしまうこんな俺を。
決して無理をしていたわけではないのだが、もしかして、郁は気がついていたのかもな。

郁に続いて暖簾を潜るとそこは、昔ながらのという言葉がぴったりな店だった。
テーブル席はなく、畳敷きのその空間は違う時代へとトリップしたようなそんな感じになる。
奥の座敷には2組の客がいた。

ちゃぶ台を挟むように郁と向かいあって座る。

「はい。お勧めはあん蜜だけど圭吾君は甘いのとか食べられるのかな」

郁に渡されたそれは、和紙で出来たお洒落な物で、当然そこにはメニューなどという言葉は載っていなくて、控えめで上品な毛筆で
”おしながき”
と書いてあった。

「甘いものは嫌いじゃないんだ。母親が昔っからお菓子つくるのが好きで、小さな頃から食べていたせいか何でも食べる方かも」
さっきはああいってしまったけれど、いきなり言葉ががらっと変わるのはどうだろう?
今までより言葉選びに慎重になってしまった。
少しづつでも前に進めばいいよな、この時はそんなことを考えていた。

郁は”そうなんだぁ、ちょっと意外だったよ”と笑っていた。
俺は蕨もちを頼んだ。
郁はおしながきには目もくれず、郁言うところの”いつもの”あん蜜を注文した。

程なくしてやってきたその味は、ほんのりと甘く優しい感じがした。
洋菓子も嫌いじゃないけど、この甘さが丁度よく郁が食べたがるのも納得だ。

きっとあん蜜もそんな味がするのだろう。
目の前で美味しそうに頬張る郁を見つめてしまった。
きっと俺の目の前に鏡があったなら見たことのない自分の顔を見てしまったかもしれない。
それは、俺だけの話であって、郁には俺の顔が見えているという事に気がついたのは

「あん蜜食べたい?」
の一言だった。

俺があん蜜をみていたと思ったのだろうか? 思わず
「美味しそうだね」
と言ってしまった。

すると郁は、なんの躊躇もせずにあん蜜を一掬いすると
「はい」
と俺の口の前にそれを差し出した。
そして、瞬く間に顔を真っ赤にさせて手を下げ始めた。

「ごめんね、つい……」
そう言って下を向いてしまった郁。

ごめんねなんて言わないでくれれば良かったのに。
思わず口をあけそうになってしまった俺。
きっと、自分も十分赤い顔をしていたに違いなかった。