電車通学

甘味処2

よくおばあちゃんが
”血圧があがっちゃうよ”
って言ってるけど、その気持ちが分かる気がするよ。

眼鏡を通しても、圭吾君の目は真直ぐで。
これに動じない人っているのかな?
きっと学校でも……。

これから行く高山神社までは細い裏道を通って行くの。
結構人も集まるし、これ邪魔だよね。
私は、契約している自転車預かり所に置きに行こうと自転車に跨った。
ここからほんの50mほどのところ。
あまりに、加速してしまった心臓を休める為にも、ちょっぴり風に当たりながら、そう思っていたのに。

ちょっと待ってて

そう言った私の腕は突然圭吾に掴まれて。
同時に何か圭吾君が言ってたみたいだけど、私はそれどころじゃなくなってしまった。
圭吾君が触れているその場所から、私とは違う生き物が住んでるみたいにドクドクしてくる。

直ぐ近くだから

多分、私はそう言ったんだと思う。
びっくりしたのとドキドキが混ざって言葉に出来たかわからない。
その後で、圭吾君の小さな声が聞えた。

――だったら尚更一緒にいけばいいじゃないか

って。
一緒に行ったら、落着かせられないよと思ったけれど。
だけど、”一緒に行けばいい”その一言が嬉しくって、そうだよねって返事をしていた。

圭吾君が自転車を転がしてくれたんだけど、何となく恥ずかしくって隣にいれない私。
ほんのちょっぴりだけ前を歩いた。
今の私の顔を見られたらきっと変に思われるかもしれない。
だって、ほっぺが下がって元に戻らなかったんだよ。
自転車置き場までに元に戻りますように。

なんて思っても駅の目と鼻の先にあるからあっと今に着いてしまって。
圭吾君から自転車を受け取ると、いつものおじちゃんに声を掛けた。

「おじちゃーん、佐伯です。ここに置いておくので宜しくお願いします。」
すると奥から

「あいよーいってらっしゃい」
と声が聞えた。これで大丈夫。

「お待たせ」って、そんなに待たせた訳でもないのに思わず言ってしまう。
隣に圭吾君がいるだけなのに、いつもの風景が違うものに感じられるから不思議だよ。

先週辺りから張られた提灯や飾りがお祭りのあの独特な雰囲気をかもしだしている。
お祭りのある神社へと続くこの道は、高校の制服を着た子達もいる、きっと部活帰りなのだろう皆、肩から大きなスポーツバックをかけていた。
あの頃の私達のように中学生の姿なんかもあったりする。
そして私は前の方を歩く2人組が目に入った。
手を繋いで歩く姿は後姿だけでも仲が良さそうなのが分かってちょっぴり羨ましく思ったり。

手を繋ぎたいって思うんだよ、さっきからたまに触れる圭吾君の手。
何度そう思ったことか。
でも、私の方から繋いだりして嫌だって思われないかなとか余計なことを考えちゃったりしてるんだ。
いつだったかクラスの男子が”手とか繋ぐのって鬱陶しいよな”って言ってたのが聞えちゃったから。
だから、その私の心を見透かされないように少し引っ込めてしまう。

そんな私の頭の中を払うように私の口は動いていくんだ。
緊張してしまっているせいか、動きすぎて早口になってしまう。
でも黙っているよりはずっといい。
そうじゃないと、きっと私の心臓の音が聞えちゃうよ。

話す事と言ったらお祭りに毎年来ている事とかそんな話。
思わず、お昼にあったよっちゃんの話までしてしまった。
調子にのって彼氏が出来たって報告しっちゃったとまで。
本当に動きすぎだよ私の口。
でもそんな私の話にも、あのドキッとする笑顔をみせてくれた。

落着け私。他の事を考えよう。
そう思って周りに目を向けた。
そういえばこの道、久しぶりに歩いたな。
自転車で通るけど、最近ゆっくり歩いたことなかったかも。
普段は通り過ぎるだけの道も歩くと本当に周りが見えてくる。


パン屋さんでしょ、おもちゃ屋さんに駄菓子屋さん。
お店の前を通る毎に圭吾君に説明してしまった。
つまらないかな?とも思ったけれど、圭吾君は私の話を相槌をうちながら、たまに質問!?みたいに聞いてくれたり。

そして、私の大好きな甘味処やさんの前にやってきた。
このお店はううちの家族も大好きで、中学の頃は友達とも食べに来てたんだ。
高校へ入って直ぐの頃こそ、中学の友達と待ち合わせをしてきていたけれど、2年に上がってからは1度も来てなかったかも。
久しぶりに覗き込んだガラスケース。
それは見本だって分かっているけれど、その見本と本当のあの味が、私の中での記憶とちゃんと合わさって絶対近いうちに来るぞと思った時だった。
私の後ろに立っていた圭吾君が

「入ろうぜ。」
と言った。

入ろうぜ。

本当にその声は反則です。
最近貰った圭吾君からのメールを思い出してしまった。
あの時もこんな感じだったよなぁと。
きっと、こっちが普段の圭吾君なのかもしれない。
そう思うと無理しているのかも?なんて不安もわいてきた。
ガラスケース越しに見た圭吾君の顔は、反射されて、はっきりとは見えなかったけれど複雑そうな顔に見えてしまった。

勘違いだとしたらとも思ったけれど
「遠慮しないで、いつもの圭吾君でいてね。私はその方が嬉しいから。」

圭吾君は頭を掻きながら大きく頷いてくれた。
格好いいって思ってたけれど、この時初めて可愛いかもなんて思ったのは口が裂けても言えなそうだよ。

暖簾の奥。その場所にホッとしてしまう。
そんな暖かい感じのする場所だ。
小さめなちゃぶ台に座って圭吾君と向き合った。
ファミレスやファーストフードの椅子とは違い、小さいちゃぶ台はちょっと足を伸ばすと膝がつきそうなくらい。
お母さんやお姉ちゃんや沢山の友達と来たことがあるのに、初めてそんなことを思ってしまった。

くるりと店内を見渡した圭吾君も気に入ってくれた様で柔らかい表情をしている。
甘い物の嫌いじゃないって聞いてほっとするけど、それって入る前に聞くものだったかも。
でもまた一つ圭吾君のことを知れたことに内心うきうきして。
甘い物は大丈夫なんだ、ちょっと以外だった。
それにしても、お母さんはお菓子作り上手なのか。
実を言うと私も作るの好きだったりするけど、お菓子は作れなそうだね。

私はいつもの"あん蜜"を圭吾君は"わらびもち"を注文した。

ん〜やっぱりこの味最高だよ。
大好きなあん蜜を頬張って、目の前には圭吾君。
あまりにも久し振りに食べたせいか、夢中になってしまってほんのちょっぴりだけど、会話する事も忘れてしまった。

圭吾君も既に半分以上わらびもちを食べ終わっていた。
どうやら、味も大丈夫だったらしい。にこやかにこちらを見ている圭吾君。

「あん蜜食べたい?」
勝手に動く私の口。

「美味しそうだね。」
と圭吾君。

この時ふいに昨日の桜の言葉を思い出した。

――あんた達って手も繋げないってどうよ。ていうより遠慮しすぎなんじゃない?付き合ってるんだから冗談の一つ言えなくてどうすんのよ。彼氏なんでしょ?知り合いじゃないんだから

確かそんな言葉だったような。
頑張ってみようかな?

「はい。」
そういって木目のスプーンにあん蜜を掬って圭吾君の口元へ。
直ぐに冗談だよってとか嘘だよとか言うはずだったのに、圭吾君の口元に目をやってしまってまたもやドクリとなる私の心臓。
「ごめんね、つい……」
ついって何だよと自分で突っ込みたいくらいだよ。
恥ずかし過ぎて圭吾君の顔が見れない。

中途半端な私だった。