電車通学

射的

お囃子の音に下駄の音。
小高い山にあるこの神社には周りを木々に囲まれて、初めて来た場所なのに何処か懐かしい感じがする。

郁のはしゃぎっぷりは大したものだった。
あちらこちらの出店に顔を出してはニコニコしている。
何故か電車で見ていた頃の郁を思い出した。
こんな近くにいれるようになるなんてな。

「あーこれ可愛い」
郁の声に引かれて覗き込むと、そこは射的の出店。

「どれ?」
と聞くと

「あれだよ、あの熊さん」
郁の指差した先にはど真ん中に鎮座する小さなぬいぐるみ。

俺は財布から小銭を取り出して若い店主に渡した。
隣で郁は
「やってくれるの?」
と嬉しそうだ。

「取れるかは解らないけれどね」

3発分の弾を貰い5つ並んだうちの真ん中の銃を手に取った。
実をいうと好きだったりして。

ど真ん中にあるって事は結構目玉だったりするから難しいってわかるけど。
集中して、狙いを定めた。

パン

と軽い音の後、弾はちょいと左に曲がった。
コトリと音がして隣の何かに当たったが何が落ちたかは解らなかった。
正面狙って、隣に行くって、この銃身曲がってないか?
真直ぐ飛ばない銃だからこそ、射的なのかもしれないが。

店の人が何か言っていたが、気にもせずもう一度あのぬいぐるみに狙いを定める。
今度は勿論ちょっと右側を狙って。

引き金を引くと思った通りの弾道で当たったにも関わらず、ぬいぐるみはビクともしなかった。
「上手っ」
って郁の声が聞えた。

いつの間にか俺の隣には小学生の男の子がいて

「俺もやりたいー」
って後ろにいる母親らしき人にねだり始めた。

そして、最後の一発。
今度はかすりもしなかった。

お店の兄さんが
「ぬいぐるみは残念だったけど、はいこれ」
と手渡されたのは大き目のカラフルなビーズで作ったネックレスだった。

「取れなくてごめん。もう一度するから待ってて」
そういうと

「ううん、いいの。それよりそれ……」
郁の目線は俺の手にあるこの子供むけのネックレス。
小学生でもしないだろ?って感じのそれ。

「これ?欲しいの?」
半信半疑で聞いてみるも

「うん、いい?」
いい?って俺は要らないから。それよりこんなのでいいのだろうか?
解らないながらも手渡すと

「ありがとう。圭吾君って上手なんだね」
って嬉しそうに射的の真似をした。

そして、そのネックレスを首に掛けた。
普段の街の中じゃ浮いてしまうそのネックレスもこのお祭りの中ではそれも有りに見えるから不思議だ。

それにしても、こんなおもちゃで喜んでくれる郁って。
いつかもっとちゃんとしたのを渡せる日がくればいいとそう思わずにはいられなかった。

俺がそんな事を考えているうちに今度の興味は金魚掬いに移ったらしい。
水槽の脇にちょこんとすわり金魚を眺めている。

「ねえ、圭吾君。勝負しようよ」
無邪気な笑みを浮かべながらそういう郁。

「いいけど、最後にしないか? まだ祭りにいるんだろ、金魚もその方がいいんじゃないか?」
小さなビニールに窮屈そうにしている金魚を持っている人もいるけど、折角だったら後の方が金魚も俺らも楽だろう。そんな思いから郁に小声で囁いた。

「そっか、そうだよね。金魚もそのほうがいいよね。段々弱っちゃうのも可哀相だもんね」
名残惜しそうに水槽を見つめながら立ち上がった。

お祭りに並んでいる屋台は半分が食べ物だったりする。
さっきあん蜜を食べたばかりだというのに郁はじーっとカキ氷の店を見つめていた。

「食べたい?」
聞くのも野暮かと思ったけれど一応聞いてみると

「やっぱり、夏祭りにはカキ氷でしょ」
と。

苺だよね

と呟いて、郁はカキ氷を買ったのだった。
「さっきは甘いの食べたから、さっぱりするよ」
柄の長いスプーンでざっくりと頬張る郁の舌はあっという間に真っ赤になった。
さっきの甘味処の郁を思い出してしまった。
今度は”はい”なんて聞いてくれないだろうな、なんて。

その時だった。

「郁じゃない?」
と俺の後ろのほうから声がした。

「本当だ、郁だ。何だよあいつ来てるんじゃん」
「来ないとは言ってないでしょ!」

そんな会話が聞えてきた。