電車通学

射的2

高山神社の境内が近づいてくるとお囃子の音もはっきりと聞えてきた。
甘味処で休憩したせいもあって、辺りは段々と薄暗くなり提灯の明かりも映えてくる。
先ほどとは違い人も賑わってきて、浴衣姿の女の子も大勢目に入った。
着てくれば良かったかな。
ほんのちょっぴりだけどそう思ってしまった。

階段を上がりきるとぎっしり隙間無く並ぶ屋台の数々。
これを見てウキウキしないなんて人いるのかな。
本当は、匂いに誘われてたこ焼き食べたいななんて思っているんだけど、さっきあん蜜食べたばかりなのに、それはないよねと我慢もしてみたりして。
頼むから私のお腹鳴らないでよ、なんて。

あっここにもたこ焼きが……視界から外すように振り返り後ろの屋台を覗くとそこは射的のお店だった。
あれは! 真ん中に置いてあるクマの縫いぐるみ。
この年になってまで縫いぐるみとは思うけど、熊の縫いぐるみには目の無い私。
思わず「可愛い」と言ってしまった。

「どれ」
圭吾君が私の後ろから覗き込んだ。
だからその後ろからのこの声は反則なんだってば。
倒れちゃうかも私。必死で気を取り直して
「あれあの熊……」
といってみる。

そうしたら、圭吾君は小銭を取り出して。
うわーやってくれるんですか?
恋に焦がれていた中学生の時、彼氏が出来たらやってもらいたかったことの一つだったりする。それはゲーセンのクレーンゲームの事だったのだけど、こっちの方がよっぽど格好よかったりするって。
銃を構えて、狙いを定める圭吾君に見ほれてしまった。
ちょっとだけ眼鏡が邪魔じゃないんだろうか? なんて事考えちゃったりして。

パンと乾いた音の後コツンと音がして、熊さんの隣のネックレスが落ちた。
私何かが落ちるの初めて見た気がする。
凄いっていいそうになったけれど、狙いは隣だったのだからそれを言っちゃ失礼かも、なんて思ってそれは口に出せなかった。
圭吾君は何かを言ったようだったけれど、それは聞き取れなくって。
既に圭吾君は次の弾で熊さんを狙っていた。
一息ついた後放った弾は、熊さんに命中するもののビクリともしなくって。

ちょっとお兄さん、まさか両面テープでなんて張ったりしていないだろうね?
と思わず目を細めてしまった。

丁度3発目の玉を込めた時、圭吾君の隣に小学生が並んだ。
その時、男の子を見た表情がとても優しい笑顔で。

しゃ・写メに取らせてもらえないだろうか?
なんて思ってしまった。
ほらその証拠に彼の後ろに立つ、子供お母さん。
少し顔赤くないですか?
子持ちのお母さんにまで嫉妬してしまった。
人を好きになるって結構恐いかも……

そんなことを考えているうちに圭吾君の撃った弾は熊さんに当たる事なく後ろの幕に当たってポトリと落ちてしまった。
屋台のお兄さんからネックレスを受け取った圭吾君。

欲しい

強烈にそう思った。
だって圭吾君が取ってくれたんだよ、って不可抗力かもしれないけれど……。
あんまり物欲はないほうかもなんて思っていたくせに(食い意地は張ってるかもだけど)圭吾君がとってくれたものだから、だよ。
熊さんのことはすっかり頭から抜けていた。
思い切って聞いてみたら、戸惑いながらも圭吾君は手渡してくれて、早速首に掛けてみた。
うん、結構いいかも。
ワンピースで正解だったかもね。

あっ金魚だ。
昔から金魚掬いだけはお姉ちゃんに負けたことがなかった私。
と言っても2匹取れるのがやっとこなんだけどね。
水槽のふちに座って色とりどりの金魚を眺めた。
この黒い出目金、可愛いよ。
よし、ゲットだぜ!とあの漫画の主人公のようにガッツポーズをしてみた。

「圭吾君、勝負しようよ。」
意気揚々と声を掛けた。
さっきの射的の腕をみたから、きっと金魚掬いも上手なんだろうなと思いつつ。
そんな私に隣に座った圭吾君が囁いたんだ。

「いいけどまだここにいるんだろ。俺達の為にも金魚の為にも後でも方がいいんじゃない?」
と。言われてみればその通りだね。あんなに小さなビニールの中に入れられて、振り回されたんじゃ可哀相かも……。圭吾君ってやっぱりいい人だ。

後でしようなと言ってくれた圭吾君に頷いて、また参道を歩き始めた。
シャカシャカと子気味のいい音が聞えてきた。
手がきのカキ氷屋さんだ。
機械のそれとは違うさらさらな氷は中々出会えなかったりすんだよね。
掛ける蜜も苺とメロンとレモンだけで。
さっきからあるカキ氷屋さんにはコーラやカルピスやブルーハワイなんてもあったけれど、ここは至ってシンプルな蜜しか置いていなかった。

「食べたいの?」
と圭吾君に声を掛けられた。
あんまりにもじっと見ていたからばれちゃったか。
ここは開き直って
「夏祭りにはやっぱりカキ氷でしょ。」
と列に並んだ。
やっぱり苺だよね。
あん蜜といい、カキ氷といい私は好きなものがあるとあんまり冒険しない方なのかも。
早速、食べてみると、さらさらの氷は口の中ですーっと解けて後からほんのり甘い苺の味が広がった。

美味しいーっ

この感動を圭吾君にも味わって欲しいけど……
さっきの甘味処さんのあん蜜を思い出してしまった。
もうあんな恥ずかしいことは出来ないよ。
なるべく圭吾君の顔をみないように、隣にあるお面を覗いて見た。
あの場面を思い出してしまい、緩んだ顔を隠す為にね。

そんな私の後頭部に衝撃が。
思わずカキ氷を落としてしまうかと思った。
くるっと後ろを振り向くと、そこには、ほんのちょっぴり大人びた懐かしい顔があった。