電車通学

懐かしい友人

「本当だ、郁だ。何だよあいつ来てるんじゃん」
「来ないとは言ってないでしょ!」

そんな会話が聞えてきた。

後ろから近づいてきた足音は俺を通り過ぎお面を覗き込んでいる郁のそばへ。
浴衣をきた男女だった。
瞬時にさっきの郁の話しを思い出す、きっとこいつらが郁の言っていた同級生なんだろうと。
すると、その中の一人が”コツン”と郁の頭を小突いた。

「痛っ」
と振り向く郁。
小突いた相手を確認した郁は

「聡史ってば、久し振りの私にそれはないでしょ。」

郁の口から男の名前が出た事に衝撃がはしった。
俺の知らない過去に嫉妬を覚える。
落着けとばかりに手を拳を握った。

それにしても、頬を膨らませて怒っているようだが……この顔を見て誰が怒っていると思うのだろう。
郁に好意を持っているのなら尚更の事だ。

聡史と呼ばれたその男は一瞬こちら側に目を向けて

「お前それ好きだよな、一口くれよ」
そう言って、郁のカキ氷に手を伸ばそうとした。

俺の中でプチンと何かが切れた瞬間だった。
この野郎、俺がいるって解っててわざとやってやがる。
一歩踏み出そうとした俺の前に浴衣姿の女が立ちはだかった。

小声で
”勘弁してやって。あいつなりにふんぎろうとしていると思うんだ”
そう言って、俺の代わりにそいつの頭を持っていた巾着で殴ったのだ。
間髪入れずに
「あんた、調子に乗りすぎだよ」
はっきりとした口調で追い討ちを掛けた。

「由乃、お前ちょっとは加減しろよ、何が入ってるんだその巾着。堅いの入って洒落になんないだろうが」
聡史と呼ばれた男は頭をさすりながらも視線はしっかりと郁に向けられていた。

誰もが何も発っせずに少しの沈黙のあと

「変わってないね」
と笑い出したのは他でもない郁だった。

郁は男の視線などお構いなしというか全く気がついていないようで、すっと俺の隣に並んで
「圭吾君、さっき言ってた同級生なんだ。よっちゃんにメグに聡史に孝君。あっ圭吾君の事紹介しなくちゃか。私の……彼氏。浅野圭吾君だよ。」
郁は恥ずかしそうにそう紹介してくれた。

彼氏と紹介された俺は内心にんまりとするも顔を緩めないように
「どうも」と頭を下げた。
顔を上げてはじめに目に入るのはこの男だった。
挑戦的な目に見えるのは気のせいではないだろう。
するとさっきまで黙っていたメグとやらが郁を肘で突っついて何やら耳元で囁いて、俺を見ながらにっこりと笑った。
浴衣の似合う少し大人びた子だった。
続いて孝君とやらがやたら人懐っこい笑顔で「ども」と短く挨拶してきた。
そして、最後にさっきの会話にも出てきた彼女が
「どうも」とこれまた短い挨拶。
さっきのあいつはさて置いてどうしてこう郁の周りには、目で会話をする奴が多いんだ?
特に最後のこやつはあの俺の苦手な誰かさんとそっくりじゃねえか。
そう、この見透かしているようなこの目が。

少々どころかかなり窮屈な俺をおいて、郁は楽しそうに友人達と話し始めた。
そんな郁を目を細めながら見ている奴1名。

俺の知らない郁を知っているこいつらを前にどうしようもない不安を感じてしまった。
そんな俺に
「毎年浴衣の郁が洋服なんてな」
とまるであざけ笑うように言ったこいつ。
煽られているようにしか聞えなかった。
でもそれは明らかに嫉妬だろう。
だってそうだろ?今郁の隣にいるのは間違いなく俺なんだから。
それはまるで自分にいい気聞かせるようなそんな言葉。

屈託無く友人達と笑い合う郁をみてそうだよなと自答する。

「圭吾君ほっといていいの? デートの途中でしょ」
郁の談笑はあの女の一言で途切れ、俺に向き合う。

「うん、そうだね。じゃあまたね。またメールするよ」
そう言った郁を苦い顔で見ているあいつがいた。

最後に
「そいつに振られたらいつでも胸かしてやるから」
笑いながら言ったそいつに、一瞬顔を強張らせた郁。

俺は
「ご心配なく。俺が借りるかもしれないけどな」
と言い返してやった。

――圭吾君
と俺の名を呟いた郁。

「じゃあ」
と言って、郁の手を取った。
それはとっても自然な行動で、あんなにも頭で考えていたのが馬鹿らしく思えるほどだった。
しっかりと握り返された手。
たったそれだけの事でさっきまでの不安が吹き飛ばされていくかのようだった。

しっとり湿った2人の掌。
その湿り気は俺かもしれないし、郁かもしれない。
郁も意識をしているようで、先ほどのようなきょろきょろする姿はみられなかった。
ただ、2人並んで参道をまっすぐ歩いてた。

無言で歩いていた俺の耳にかすかに聞えたその音。
もしや、郁の顔を見ると耳まで真っ赤だった。

慌てて顔を隠そうと繋いだ手を離そうとする郁。
一瞬緩みかけたその掌。
俺は郁の指を絡め取りさっきよりもきつく握り締めた。

折角繋げた手をみすみす離す事なんて出来なかった。
郁は独り言を言っていた。
やっぱり、こいつなんだよなと改めて思った。

「あそこでいい?」
本当は気がついていたんだ、郁がたこ焼きの屋台を気にしている事に。
きっと限界だったんだろうな。
さっきの可愛いとは言い難いおなかの音。
どうやら、郁は顔に出るだけでなく、身体の中まで態度に出やすいのかも。
そこまで考えて、頭の中が暴走するところだった。
頭の中を払うようにして、たこ焼きの列に手を繋いだまま並んだ。
大きなたこが自慢と書かれた店だった。