電車通学

懐かしい友人2
「痛っ」
頭に衝撃を感じ振り向くと、そこには浴衣姿の聡史がいた。
危うくカキ氷を落とすところだった。

「久し振りに会ってそれはないんじゃない?」
あんまり痛くなかったけれど、ちょっと大袈裟にそんな声を出してみた。
懐かしいやりとりだななんて。

聡史の後ろにはいつものメンバー。
愛子と純はいないのかな?
そんなことを思っていたら聡史が私のカキ氷をくれと言い出した。

なんですと!

思わず固まってしまった。
この状態はあっけに取られるともいうのだろうか。

そうしたら、聡史の後ろのよっちゃんが一歩こっちに踏み出すのが見えた。

バシッ

それは一瞬の出来事だった。
よっちゃんの巾着が見事なまでに宙で円を描き、聡史の頭にクリーンヒット。
聡史が溜まらず声を上げて。

懐かしいー。いつもこんな感じだったよね。
姉御肌のよっちゃんは全く変わってなかった。

変わってないねー

思わず声にでてしまった。
変わらな過ぎるみんながおかしくて笑ってしまう。
釣られてみんなも笑い出した。

懐かしさに自分の世界に入ってしまっていた私の視界に目を細めた圭吾君が映った。
圭吾君ごめんなさい、一瞬だけど忘れてしまいました。
私は圭吾君の隣に立ってみんなを紹介した。

「圭吾君、さっき言ってた同級生なんだ。よっちゃんにメグに聡史に孝君。あっ圭吾君の事紹介しなくちゃか。私の……彼氏。浅野圭吾君だよ」
誰かに圭吾君本人を目の前にして紹介したのは初めてだった。

桜にだって会わせていないのにね。
心の中でごめんと謝ってみた。

それにしても緊張した。
言っちゃったよ、彼氏って。
ちらっと、見てみたけど嫌そうな顔はしていないみたいで、ほっとした。


みんなも圭吾君と言葉を交わしてくれて、ちょっとこそばゆかったりする。
前を向くと、よっちゃんの目が私を呼んでいるのが分かった。
圭吾君大丈夫そうだよねと思いつつ、久し振りに会えた親友に尋問を受ける事に。

「郁、すっごい格好いいじゃん、高校の同級生なん?」
「それとも先輩だとか?」
「もしかして、逆ナンとか?」

って凄い質問攻撃だよ。
よっちゃんは知っているだけに、ニヤリと笑って様子を伺ってるし。
小さな声で答えたりしてしまった。

私だって聞きたい事はあるのに。聡史とよっちゃんがどうなったとか、孝君は先輩とまだ付き合ってるのかなとか。
でも私には一切その権利はなかったみたいで。
何でも彼が出来たのを内緒にしていた罰らしい。
一通り質問ならぬ尋問を終えた後でよっちゃんがちょっと大きな声で

「彼はほうっておいていいの?」
といってくれた。
やっと開放された。
よっちゃんもっと早くに助けてくれてもいいものを。

「またメールするね」
とみんなのところから足を踏み出したら

あっ

圭吾君が私の手を掴んで。
今私、圭吾君と手を繋いでる。
ドクドクと大きくなりだした私の心臓。
そこに聡史の大きな声が響いた。

「そいつに振られたら、いつでも俺の胸かしてやるから」

ドクドクし始めた心臓はズキッと小さな音を立てたみたいだった。
いつも思っていた不安が更に大きくなった瞬間。
聡史は冗談のつもりだったのかも知れないけれど、私にとったら……。
その時ぎゅっと手が握り返された。

「俺が借りるかもな」
それは隣にいる圭吾君から発せられた言葉で。
聡史の声よりも更に大きな声だった。
前にいるよっちゃんがにこって笑って一つ頷いてくれたのが見えた。

私は聡史に向かって”アッカンベー”と舌を出して圭吾君の手を握り返した。
大丈夫だよね、って願いを込めて。

前に向き直って、また歩き出す。
繋がれた手はそのままに。

今日一番の緊張かもしれない。
さっきよっちゃん達に茶化された後だから余計にそう感じるのかも。
手が、汗ばんできたのが分かった。
それがどうしようもなく恥ずかしかった。

手に神経が集まっているみたくて、会話は何も思いつかなかった。
無言で歩いていたその時私に悲劇が起こった。

な、なんで鳴っちゃうかな私のお腹!
それも結構大きな音で
気づいちゃったよね……やっぱり。
顔を隠したくて手を引いてみたら、ってさっきよりもぎゅって握られてしまった。
何でなの――

決して可愛いとは言えなかったさっきの音。
案の定、聞こえていないわけで、圭吾君は

「あそこでいい?」

とたこ焼きの屋台に目を向けた。
体中が熱くなるのを感じて、足元を見つめることしか出来なかった。

もう、なんでそんなに美味しそうなのよ。
私には開き直るしか路はなかったみたいだった。