電車通学

それでこそ
手際よくたこ焼きがさばかれていき、俺達の番がやってきた。

「たこ焼き、ふたっ」
そこまで言って考えなおす。
「すいません。一つ下さい」

「あいよ、青海苔はどうする?」
そう言って郁の顔を見る屋台のおっちゃん。

郁は
「勿論たっ……普通で……」
恥ずかしそうに下を向いてしまった。

なるほど、青海苔を気にするのか。
ごっつい顔したおっちゃんの配慮。
どう考えてもミスマッチだろ。
今時の屋台はこんなことを気にするんだと感心した。

作りたてのたこ焼きの上で踊る鰹節と青海苔は郁でなくとも食欲をそそるもんだ。
ビニール袋に入れられたたこ焼きが目の前に出されて。
お金払わなくちゃか。

折角繋いだ手を離さなくてはいけない事に気がついた。
失敗したな、もう少し歩いてからにすればと少し後悔。

スルッと離された手を一瞬見つめてしまう。

仕方なく財布から5百円硬貨を出し、ごっついおっさんの手に乗せた。
変わりに渡されたたこ焼きが郁の変わりになってしまった。
段々と人が増えてきた道をぴったりと寄り添って歩るく。
そうだ、たこやきを持ちながら思いだしたさっきの疑問。

「俺さっき始めて知ったんだけど、青海苔とか気にするものなの?」
と聞いてみた。
えーっとね、と前置きしながら郁は教えてくれた。
「うん、気にする子は気にするかな。でも、やっぱりたこ焼きには青海苔のってないと駄目でしょ」
と郁らしいなって思った。

「じゃあ、焼きそばとお好み焼きも?」

「うん!」
今度は弾むような声が返ってきた。
きっとこっちも好きなんだろうな。
そうと決まれば。


俺は近くの焼きそばとお好み焼きも1つずつ買った。
郁は目を丸くしてたけど、それは気にしない。
因みに両方青海苔をたっぷりとかけてもらった。

焼きそばとお好み焼きは最初に買った、たこ焼きの袋に入れてある。
空いた手でもう一度、手を繋いだ。
今度は最初から、しっかりと指を絡めて。
ちょっとぎこちなかったかも知れないけれど、きっと直ぐになれるよな。

郁に案内してもらって神社の境内に腰掛けた。
ソースの匂いは袋の中からでも十分に食欲をそそった。

たこ焼きは摘むとして。
俺は焼きそばとお好み焼きを取り出し、半分に分けた。

「食べきらなかったら、俺食うから」
半分づつ、入れ替えてその1つを郁に渡す。

目をまん丸にさせて
「こんなに食べれないかも……なんて言わないよ私結構食べるんだから」
と舌を出した郁。

可愛いなんてもんじゃない。
思わず周りを見渡した。
誰にも見せたくないって。
「それでこそ、郁だよ」
思わずそう言ってしまう自分がいた。
何だそれでこそって。

郁は美味しそうに焼きそばを頬張っている。
たまに見える歯に青海苔がついていた。
このことか、と改めて思う。
でも郁はそんな事全く気にしていなくて。
その食べっぷりは気持ちがいいほどだった。

最後のたこ焼きを食べ終えると結構な満腹感があった。
郁は結局たこ焼きを2個俺に譲ってくれたけど、ちゃんと完食。
言うだけの事はあった。

「ちょっと食べ過ぎたかも」
本当に食べ過ぎたみたいで、息を吐くようにそう言った。
そして
「半分払うね」
と財布を出し始める。

俺は初めっからそんな気がないのにと
「今日はおごらせて。でも変わりに頼みがあるんだ」

「頼み?」
小首をかしげる郁。

それはさっきから考えていた事
「そう、頼み。来月俺の地元で花火大会があるんだ。それに一緒に行って欲しいんだ」

「知ってる、行った事はないけど結構大きいんだよね。連れてってくれるの?」
その声は本当に嬉しそうに聞えた。
よっしゃと心の中でガッツポーズ。
だけどこれだけじゃない、本当の頼みは。

「郁と見たかったんだ。それで、その時に……浴衣着てくれないか?」
じっと郁の返事を待った。

「……浴衣着て行くね」
郁はニコッと笑ってそう言ってくれた。

さっきの奴に対抗意識を燃やしたわけじゃないが。
燃やしたか。
横を通り過ぎる浴衣姿の女の子に郁を重ねた。

それにしても、何で来月なのかと、考えても仕方の無いことを考えてしまう。
郁は後ろを向いて青海苔をチェックしているみたいだ。
青海苔が付いていようがいまいが、気にしないんだけどな。
其処まで考えて自分は? と。
直ぐ、郁に見つからないように、そっと口を拭った。

袖口に付いた青海苔が無性におかしくて思わず噴き出してしまった。