電車通学

金魚2
小高い山の上にあるこの神社からは周辺の町が見下ろせる。
境内の周りにある木々の間から微かに見える街の明かり。
もしかしたら、圭吾君の家の明かりも見えるのかなあ。

ここからだと、3つ先の駅なんてきっと直ぐ近くに見えるのに。

「行こうか」
そう言って圭吾君は手を差し出してくれた。
左手をそっと出すと、暖かい手に包まれた。
まだちょっと慣れなくて、繋いで手がくすぐったい。
少しうつむき加減になったのは、照れを隠す為。
圭吾君に手を引かれるまま、転ばないように細心の注意を払って足を踏み出していた。
再び、賑わう縁日の中を歩いていたら

ここでいい?

圭吾君は金魚掬いの出店の前で足を止めた。
お腹がいっぱい、胸もいっぱいの私の方が忘れちゃってたよ。
後でしようねって言ったもんね。
そんな些細な事でも覚えていてくれた事が嬉しくて堪らない。

「勿論だよ」

と返事をして水槽の端にしゃがみ込んだ。
きっと、長袖をきていたならば腕まくりをしただろう、それだけ気合が入っていた。
そんな私を圭吾君が笑いを堪えながら見ていたとはちっとも気がつかなかった。
やる気満々でお金とポイの交換をした。

2人並んで、ポイを持ってそこからは真剣勝負。
ちょっと小さめの金魚に狙いを定めて、ポイを滑らせた。
一匹目は直ぐにゲット。思わず、圭吾君の顔を見てにんまり。
私の方が最初に捕れてちょっと優越感に浸ってみたり。
二匹目はちょっと狙った黒の可愛い出目金ちゃん。
姿は他の金魚よりもちょっぴり大きいくせに、意外と素早い動きで。
追いかけているうちにポイの端が少しだけ捲れてしまった。
仕方なく、目線ではその黒出目金を追ってみるも……
無謀だよなと思い直し、再び、目の前の金魚にターゲットを縛りこんだ。
ちょっと苦戦しながらももう一匹捕まえた。
そんなこんなで格闘していた私、ふいに隣に座った圭吾君の手元を見ると既に4匹の金魚がいた。

いつの間に……

その時、私の右隣に幼稚園位の男の子が座った。
小さな手からお金がおじさんに渡されて、換わりにポイを受け取ると
それはそれは豪快なポイ捌きで、見事に金魚が散っていく。
当然私の前の金魚たちも逃げまくるわけで、っていなくなちゃったよ。
男の子のポイはもう既にプラスティックの縁しか残っていなかった。
その姿がとても可愛くて、不意に顔を上げてみると、おじさんは怒ることなく目を細めて男の子を見ていた。
そして
「坊主、そんなに一気に入れると金魚が驚いちゃうんだぞ、いいか見てろよ」
水面が落着いた頃合を見計らって、店のおじちゃんはポイを取り出すとまるで流れるような動きで一瞬にして、一匹捕まえたのだ。

まさに”掬う”と言った感じで、思わず凄いと声が漏れてしまった。
男の子は目を輝かせて、おじさんの手元を見つめていた。
おじさんはもう一匹掬うと前の一匹と合わせてビニール袋に入れて男の子に渡してあげた。
男の子は嬉しそうに受け取ると大きな声でお礼を言っていた。

男の子がじっと私を見つめる中、何とかもう一匹捕まえた。
だけどそれが限界で、無常にもポイはぼろぼろになってしまった。

おじさんに入れて貰った金魚を持って立ち上がろうとした時、圭吾君の隣に座った小さな女の子が突然泣き出した。
どうやら、さっきの男の子の妹らしい。
きっと、自分もやりたいのかな。
見上げた母親は首を振っていた。

心の中でぐるりと巡って出た答えは、自分の金魚を差し出す事だった。
一匹だけおにいちゃんより多くなちゃうけれどいいよね。もしかして、単純に金魚掬いをしたかったのかとも思ったけれど。
私が差し出した金魚で女の子は納得してくれたみたい。
すっかり泣き止んでニコニコしながらみんなで帰っていった。
もう一回しようかな?
なんて思いながら圭吾君の金魚を見つめると。

圭吾君の手から金魚すくいのおじさんに金魚が渡って、おじさんは圭吾君の金魚を二匹ずつに分けてくれた。

何だか褒められてしまったみたい。
ちょっぴり恥ずかしくなってしまった。
圭吾君から渡された金魚。
このネックレスもそうだけれど、圭吾君が掬ってくれた金魚とうだけで格別可愛く見えるのは気のせいかな?
それにしても、二匹づつなんて。
そういえば金魚にもオスとかメスとかとかあるのかな?
なんて。
こっそり私と圭吾君を重ねてしまった。

そんな浮かれ気分の私の耳に聞きたくなかった言葉が届いてしまった。
一瞬遅れて入ってきたお囃子の音はとてもリズミカルで、まだまだ続くお祭りを盛りたてている。

もっと、もう少しでいいから一緒にいたい

そう言えたらどんなにいいだろう。
そんな事言ったら……
でも気のせいとは思いたくなかった。
ちょっぴり低かった圭吾君の声、少しは残念に思ってくれているのかなって。

自然に握られた私の手。
お祭り来てちょっと近づいた私達の距離。
ずっとこんな風に一緒にいられたらいいのにな。

神社の階段を降りながら、すれ違う人達を羨ましげにみてしまう。
この人達はこれからがお祭りの時間なのだと。

何を話したらいいのか、言葉が出てこなかった。
2人でゆっくりと来た道を歩いていく。
行きと帰りがこんなにも違うものなのかと、楽しい時間の終わりが近づくのはもう少し。
いくらゆっくり歩いてもどうしたって駅には着いてしまって。
ここでお別れだなって思っていたのに、圭吾君はうちまで送ってくれるって、言ってくれた。
口では、”ここでいいよ”なんて言いつつもちょっぴり延びた一緒にいられる時間が嬉しくって堪らない。

そういえば、うちまで送ってもらうのは初めてかも。
いつもの公園の曲がり角でそう思った。

家の前で足を止める。
自転車が私に返ってきた。
思わず、”本当に駅まで行かなくていいの”と言ってしまった私。

「俺が送った意味がないだろ」って

頭にポンと圭吾君の手が置かれた。
多分一瞬で真っ赤になったと思う。

「また、家に着いたらメールするから」
優しい笑顔だった。

「今日はありがとう、気をつけてね。メール待ってるから」
知らぬ間に私の右手はネックレスを掴んでいた。

ゆっくりと手を上げ圭吾君は行ってしまった。
途中、一回だけ振り返って同じように手を上げて。

曲がり角で見えなくなった圭吾君。
お祭りが終わってしまった瞬間だった。

鍵を取り出して、がちゃりとドアを開ける。
先に金魚鉢だよね。
そうは思うけれど、何処にしまってあるかなんて分からなかった。
仕方なく、庭に置いてある大き目のバケツに少しだけ水を汲んで金魚を放った。

途端に広くなったせいか、物凄い速さで縦横無尽に泳ぎ回る金魚たち。

これから宜しくね

とバケツの上から覗き込んで話しかけてみた。