電車通学

彼の不安
早いもので、あれから付き合い始めてから数ヶ月が経った。

郁の事を見つけて以来、誰だか知りたくて、話がしたくて、一緒にいたくて。
そんな郁が俺の彼女になってくれた。
始めのうちは、一緒にいれる。
只それだけで良かったのに。

郁は誘うと断ることをせずにいつも一緒にいてくれる。
はにかんだ笑顔をみせながら、つまらないだろう俺の話にも付き合ってくれて。
でも、祭りに行ってから最近の俺は、一緒にいれるだけでいいってそう思っていたのにちょっと欲張りになってきたようで。

そもそも、郁は本当に俺と一緒にいたいって思ってくれているのだろうか?
俺の想いの方が強いっていうのは自分でも分かっているんだ。
でも郁は俺のことを本当に想ってくれているのだろうか?
そんな不安にかられてしまう自分がいた。

それというのも、俺は郁に一度も”好き”という言葉を聞いていないからだった。
俺だってあの時、あの公園で言った事しか無いくせに。
好きだと言われたい。
いや、違うな。
郁の気持ちがちゃんと俺にあるのかを知りたいだけだ。
俺だけが一方通行の気持ちでない事を知りたいだけなんだ。
はっきりと郁の言葉で。

一度頭に浮かんだ不安は消える事がなくて。
だから、それを考えてしまって。
今日こそは、今日こそは聞いてみよう。
そう思うのだけれど、どうしたらいいのか分からず、折角郁と一緒にいるのに時間だけが過ぎていってしまうのだった。

今日だってそうだ。
待ち合わせをして、映画を見てちょっとぶらついて。
あの祭りの日から、手は繋げるようになった。
それだけで幸せな気分になるのも事実なんだが。
今日はやけに郁の言葉が耳についてしまった。

映画館に着いてから、2人並んで席に着いたまでは良かったんだ。

「私、この女優さん好きなんだよね」
郁にとったら何気ない一言だったのかも知れないが、俺にしてみればその言葉は残酷で。
だってこんなに近くにいる俺には言ってくれないその言葉をさらっと言うんだぞ。
スクリーンにでかでかと映るその女優を羨ましく、そして妬ましく思ってしまった。
俳優の方じゃ無かっただけ良かったのかもしれない。
きっとその俳優を嫌いになっていたかも。

我ながら重傷だよ。

それから、郁がまたその言葉を使った。

「見て見て、この熊さん可愛い。私大好きなんだよ、熊さんの縫いぐるみ」
ショッピングモールの雑貨やに置いてある、ウェルカムボードを持ったその熊の頭を撫でる郁。

大好きだぁあ

熊にも負けている。
郁が熊の縫いぐるみが好きなのは祭りの射的の時に聞いていたから知っていた。
比べる事自体おかしいのは分かっているんだ。
嫉妬という感情がこんなにあるなんて、俺自身が驚いているんだ。

それから、アイスだろ、花だろ。
今日は一体いくつの好きを聞いたのだろう。

その中に俺は全く入っていなくて。
自分で自分にいらいらしてしまった。

何度も首を傾げて俺に
「どうしたの?」
って聞く郁に
「何でもないよ」
といってしまう俺。

ふざけながらでも、じゃあ俺は?って聞いてみればいいのに。
思いっきり拗ねてる奴になってしまった。

郁も俺の態度を不思議そうに思っているようで。

兎に角、情けなかった。

郁が心配そうな顔をしていて。
そんな顔をさせたいんじゃないのに。
花火大会まで後4日。

大丈夫か俺。

結局、何も聞けないまま帰ってきてしまった。
自室に戻って、部屋に置いてある金魚鉢に目を向ける。

お前らは仲良さそうでいいよな。

同姓同士かもしれないけれど。
ビンの中から一つまみ餌をすくって、金魚鉢に放った。

元気そうに動きまわる金魚達にまで嫉妬をしてしまそうだった。
携帯が振動を始めた。

映画館に行ってからマナーモードのままだったのに気がついた。
郁からだった。

今日はありがとう。でもちょっとお疲れモードだったのかな?あんまり無理しないでね。
おやすみなさい。

自己嫌悪だ。
本当にごめんと携帯に向かって謝った。
そんなことしたって意味ないって分かっているけれど。

返信。
今日はごめんな。でも大丈夫だから。次は花火大会だな。楽しみにしてる、おやすみ。

送信ボタンを押した。

大丈夫って何がだよ。
ちっとも大丈夫じゃない癖に。

携帯のマナーモードを解除した。
ベットの上に放り投げ、風呂に入ることにした。

そのまま夕飯を食べたのだが、いつもは煩すぎる程聞いてくる母親がやけに静かだった。
さすが親子というのだろうか。
俺の機嫌の悪さを察知しているようだった。
そっとしてくれたのかもな。

部屋に戻りベットに寝転ぶと視界に入った携帯のランプが点滅していた。
着信は真治からだった。

2回コールすると直ぐに真治の声がした。

「よう、今日のデートはどうだった?」
開口一番に俺の痛いところをついてきやがった。

「別に。」
いつもと変わらない返事をしたつもりだったのに。

「別にって、何だよ。とうとうケンカでもしたのか?」
その声はからかうような声ではなかったが。

「ケンカなんかするわけないだろ。それよりどうかしたか?」
話題を変えようと真治に話を振った。

「そうそう、たまには俺にも付き合えって。うち明日誰もいなくて昼マックでも行こうぜ」
真治の真意は如何ほどかは分からないが、そうだよな。

「何時にする?」

「じゃあ、11時に駅前な」
約束を取り付けた真治はさっきの話しに突っ込むことなくあっさりと携帯を切った。

翌日時間通りに駅前に着くと真治は既に其処に居た。
俺とさほど変わらない身長の真治。
普段はおちゃらけている奴だが、こう黙って立っていると結構、さまになっていたりするもんだ。

「よう」
「おう」

短い挨拶を交して、目的地のマックへ。
そんなに食えるかよと思う量を注文した。
こんなに払うんだったら、ほか行った方が良かったんじゃないのか?なんて思ってしまった。

やっぱ昼間は暑いよな。

そんな会話をたらたらとした後、真治は急に真顔になった。

「何か悩んでるんだろ?聞いてやるよ」
そんな俺様的な話し方も真治の照れ隠しだというのは、分かっている。

「そんな悩みって程のもんじゃないけど」
そんな前置きをしながらも、俺はこの胸の内を真治に話してしまった。
どうも、真治には敵わない。
いつだって、乗せられて話してしまうのだから。
中学の時も仲の良い奴はいたが、こんな付き合いはした事がなかった。
話す必要もなかったし、例え聞かれても絶対話さなかったと思う。

「そっか。そういうもんかもな」
真治は窓ガラスの向こうに視線を這わせて行き交う人を眺めていた。
そしてもう一度俺に視線を合わせて
「でもよ、お前も分かってるんじゃねえの。本当は。素直に聞いてみるのが一番だと思うぞ。それこそギクシャクして気まずくなったら、最悪だからな。まあ俺からしたら、自分の好きな女と一緒に出掛けられるだけで幸せかななんて思うけれど、それは付き合ってみないと分からないから。俺が言えるのはもうお前らは付き合ってるんだから、あんまり遠慮しない方がいいんじゃないかって事だよ」

羨ましい悩みだな

最後にポツリとそう言った。

やっぱりそうだよな。
真治の言葉にドキリとした。
もうぎこちなさは始まっているみたいだから。
それを招いたのは俺な訳で。

向かいのビルの壁に貼ってある花火大会のポスター。
まさか最後のデートになんてならないよな。
何処までいってもマイナスモードになってしまう俺がいた。