電車通学

やっぱりね
「窓を閉めているにも関わらずしっかりと聞こえる雨音。
天気予報は50%だったから、そうだろうなとは思っていたけど。
それにしても50%で雨が降らないなんて事があるのかな?
カーテンレールに掛けてある圭吾君の学生服を見つめて小さくため息をついた。

体育祭は中止になったけど、学校はあるんだよね。
ベットの淵に手を掛けてよっこらせと立ち上がった。
埃を付けちゃったら嫌だからね。独り呟きながらクローゼットに学生服をしまった。
何だかちょっとくすぐったい。私の部屋のクローゼットに圭吾君の学生服があるだなんて。
朝から一人で百面相しちゃったよ。

部屋から出ようとした時に携帯が鳴った。
圭吾君から、さっき送ったメールの返信。

――おはよう。学生服は大丈夫、まだ衣替えには早いから。この前も言ったけどクリーニングは気にしなくてもいいから。体育祭残念だったね。今日は郁、学校かあ、気をつけてな――

この前も言ったけど、か。あの日の事を思い出してまた顔が……。頬が一気に赤くなるのを感じる。
慌てて手で仰いでみるけど、そんな事は全く役に立たなくて。
こんな顔じゃ、お母さんに何を言われるか分からない。
洗面所に直行して、冷たい水で顔を洗わなくちゃだ。
その前に圭吾君に、返信しとこう。

ベットの淵に座り直し、携帯を開くと親指を走らせる。
他愛もない遣り取りだけど、普段一緒に居られない分、それがとても嬉しくて。
またもや、にやけてしまった顔をパシパシと叩いて階段を駆け降りた。

冷たい水で顔を洗ったから、火照った顔は落ち着いたけど緩んだ頬は元に戻っていないらしく。
お母さんじゃなくて、お姉ちゃんに突っ込まれた。
「朝から何、にやついてるのー」
なんて。
「何でもありません」と言いきって目の前にあるトーストを勢いよく頬張った。
お姉ちゃんは変な視線を私に向けたままで、居心地が悪いったらない。
圭吾君の学生服を見つけられてから、からかわれっぱなしなんだよね。
妙に鋭いお姉ちゃんから逃れるように、朝食を食べ終え家を出た。

土曜の学校って少し新鮮な感じ。
朝の電車もいつもより空いているから快適なこと。
サラリーマンのかわりに遠出をするのか、リュックを背負った家族連れだったり、御洒落をして楽しそうに会話をしている女の子達だったり。
同じ車内なのに、こんなにも雰囲気が違うものなんだな。

電車を降りて水たまりと格闘しながら着いた学校。
昇降口には、昨日のうちに用意したのだろうテントやライン引きが置かれていた。
教室に入ると、ぬかるんだ校庭に歪んだ白線。昨日まではお天気だったのにね、と空を仰いでみたり。
今日は、みんなも何処か落ち着かないみたいだった。

そんなこんなの放課後。机の中の教科書を鞄に詰めている時に、ふと感じた視線。
振り返ると、桜と大山が二人揃って顔を背けたじゃない。
今日はずっとこんな感じだったんだよね。
桜に聞いてみてもはぐらかさちゃうし。
というか、この2人最近良く一緒にいたりするんだよね。何気に良い組み合わせだと思うのだけど、実際どうなっているんだろう。
これでお終いっと。最後の教科書を鞄に詰め終わると、私は2人のところに。

「感じ悪いよ、2人共。今日は一体なんだって言うの」
ちょっとむくれ気味に声を出すと、大山は顔を下に向けちゃうし、桜に至っては――。
何? 何なのその笑いは。
小刻みに肩を震わせ、上目使いで私を見る桜。

ちょっと怖いんですけど……。
嫌な予感がした。桜の笑いが止まった時、私の予感は的中してしまった。

「郁さぁ。私に何か隠してるでしょ」
そう言って、人差し指を口にあてる桜。

え、えーっ。
もしかして、桜は魔法使いだったりするのだろうか?
だって、実を言うと朝から怖かったんだよ。勘の鋭い桜に何か言われるんじゃないかと思って。
休み時間一緒にいたら、絶対バレちゃいそうというか、突っ込まれそうで。
だけど、今日に限って桜は静かだったし、私よりも大山と話してた方が多かったから。
放課後になって安心してたのに。
一体なんで?

「やっぱりね。郁のこの顔みたら決定でしょ?」
それは私じゃなくて、大山に向けた言葉でして。
大山も
「ああ、そうだな」
なんて、言っちゃうし。

私は突っ立ったまま、というか固まってしまった。

「やっぱりね。郁、あんた面白過ぎ。ほら、それ。今みたいに口元に何回手をやってるんだっていうの。私が数えただけでも、16回。それって自分から気がついてくれって言ってるようなもんだよ」

私は更に固まってしまった。
む、無意識って怖い。

確かにね、ちょっと思い出したり――。
でもそれはね。
だって、勝手に思い出しちゃうんだもん。

「じゃあ、帰るね」
桜から逃げるように背中を向け鞄を持ってダッシュ。
だって、追及されたらって思うと気が気じゃないじゃない。

昇降口で靴を取ろうとして、気がついた。
無意識に口元に手をやっている事に。

こ、これか!

だから、無意識なんだってば。
下駄箱に向かって呟く私がいた。