電車通学
急接近2
世の中には偶然ってのがあるものなんだな。
それとも運命ってのか?
まあ、運命ってのは大げさだけど、俺は今目の前にいる彼女に釘付けだった。
遡る事3分前。
前の駅を定刻通りに駅を発車した電車は、この駅に着いたのだけれども、近くで火災があったらしく、送電が止められ電車の運転が見合わせられてしまった。
仕方無く、バスにでも乗り換えようと電車を降りたその先に。
セーラー服を着た彼女がいた。
彼女は、携帯で誰かに連絡しているようで、一所懸命に身振り手振りで説明している。
電話なんだから、相手は見えないだろうに。
そんな彼女は俺のツボだった。
やっぱいいよなこいつ。
一緒にいたら飽きないんだろうな。
気がついたらそんなことを考えていた。
彼女は電話が終わり、俺に気がついたようでペコリとお辞儀をしてきた。
丸いくりっとした目が更に大きくなって、こちらを見ている。
俺は口が勝手に
「どうも」
と言っていた。
彼女は何にびっくりしたのか、挙動不審な動きを見せた。
思わず笑ってしまった。
流石に面と向かって笑うのは失礼かと思い堪えながら後ろを向いたのだが、今に思えば前を向こうと後ろを向こうと同じだったかも知れない。
「悪い・・・」
などと言っては見たが、彼女の挙動不審さは前にもまして、髪を押さえたり、スカートを引っ張ったりで、そんなしぐさも俺のツボだった。
どうする俺。
思いついたのは在り来たりだが携帯を借りる事。
ポケットに手を入れとりあえず自分の携帯の電源を切った。
彼女に携帯を貸して欲しいことを告げるも彼女は固まったままで。
やっぱり無謀だったかとも思ったのだが、ここまできたら引き返せない。
もう一度念押しすると、彼女は貸してくれた。
頭の中では、一度俺の携帯に掛けて彼女の携帯番号をゲットしようなどど考えたのだが、焦った俺は自分の番号を思い出せなくて、仕方なく自分の家に電話をしてしまった。
俺んちってナンバーディスプレイ入って無かったよな。
目の前にあった自販機でコーヒーを2つ買った。
まだ大丈夫だ。
迎えの車が来るまでの時間、コーヒーでも飲みながら彼女のことを聞こう。
チャンスだと思った。
彼女に携帯とコーヒーを渡すと、並んで歩いて改札口へと向かう。
俺の隣に彼女がいる。
ただそれだけなのに、何も話をしなくてもドキドキしている自分がいた。
焦るなよ。
ゆっくりでいいんだ、まだ時間はあるのだから。
そう思ったのに。
改札口をでると、当たり前のように俺は自分の家のある東口へと、彼女もまた当たり前のように、西口へと一歩進めた。
「「あっ」」
小さな声が重なった。
少しの間の後、彼女は
「じゃあ」
と言って歩みを進めた。
動揺はピークに達してしまった。
俺は
「携帯ありがとう、助かったよ」
と。
そんなことを言いたかった訳じゃない。
知りたいんだよ、お前の事が。
彼女はコーヒーを掲げて
「ご馳走さま」
と言った。
足も口もそれ以上動かなかった。
目にするドラマでよくこんなシュチエーションがあった時。
いつも俺は
何やってんだか、とっとと話せばいいじゃないかとか、何でそこに突っ立てんだよ。とか、テレビに向かって突っ込みいれてみたり。所詮ドラマだからな、なんて思っていたのに。
まさか、自分がそんな状況になるなんてこれぽっちも思いもしなかった。
まさにその状況。
これじゃ駄目だ。
折角話せたんだ。
彼女が行ってからそんなに経っていない、迎えは来ていないはずだ。
我に返った俺は彼女の後を追った。
階段を駆け下り、周りを見渡す。
電車を降りた客で、西口は人が溢れていた。
ロータリーの周りの車をみるも、ベンチを見るも彼女はどこにもいなかった。
俺は大きく息を吸い込むと、きっと今までで一番大きなため息をついた。
名前さえ聞けなかった。
緊張で汗ばんだ手で額を覆い、せわしく動く鼓動を聞いた。
東口へと続く階段は、降りた時よりも遥に高く見えた。
もし彼女と一緒だったならば。
いないのだから、もしなんてありえないけれど、何か考えなくては、鼓動が止まってしまうような感覚だった。
一番いい日が、一番情けない日へと変わった瞬間だった。