電車通学

策士?! 桜の呟き

いつからだろう?
背中に視線を感じるようになったのは―――

屈託ない笑顔を浮かべて、楽しそうに話している郁。
私の大事な友達だ。
郁は裏表のあまりない子で女の子からも男の子からも好かれてるんだよね。

そんな郁は恋をしてるんだ。
そうこの顔!
会話している最中だって少し遠い目をして、少しだけ唇の端を上げてみたりして。
思わず抱きしめたくなっちゃうんだよ。
だからといっても私はいたってノーマルなんだけど。

ここ最近特に熱い視線を浴びるような気がする。
違うね、浴びてるのよ。
そうかなぁなんて思ってたけど核心をもった。

大山だ。

野球部に入っている大山は今時の男の子とは違って、線の太いゴツイ系。
部活で日焼けした肌に逞しい体。
何より彼の目力は相当なものだ。

郁を見てるのは確実だった。
私はいつの間にか大山の観察をするようになっていた。
彼は郁のことを少なからず気に入っている。
でも当の郁は電車で会う名前も知らない彼に心を奪われている。
郁は人のことを最優先に考えるところがあるから、大山が動いたら、流されちゃったり――なんてちょっと不安になったりしてるんだよね。
だから私は先手を打ったのだ。

人もまばらになった昼休み。
私の席には郁がいる。
そして、ひとつ置いた後ろに大山がいる。
クラスには何人かの人が残っているけど皆それぞれの会話に夢中になっているようだった。
そんな中、大山は一人で席に着いていた。
きっと郁の声を聞いているのだろう。
私は少し大きな声で郁に話し掛けた。

「どうした? 今日は眼鏡君に会えなかったの?」
郁は顔を少し赤く染めて首を振っていた。

ちらりと大山を見るとさっきまで細められていた眼がより一層細い眼に。
聞いてるな。そこで私は追い討ちを掛けるように

「郁が一目ぼれとはね。そんなに気になるんだ眼鏡君の事。」
と言ってみた。
郁はこれ以上無いってほど顔を赤く染め
「桜の意地悪」
ってちょっとほっぺを膨らましている。
誰が見てもそうだと言っているようなものだった。

そのとき大山が席を立った。
彼は下を向いて顔は見えなかったけどダメージを与えたことにかわりはないだろう。
心の中でごめんと謝ってみたけれど、それが伝わる事はないだろうからな。
教室を出て行く大山を見送った。

「桜、桜?」
郁の声に気がついた。

「ん?」
と返事をすると

「ん?じゃないよ。さっきから呼んでるのに。あっ今桜、大山見てたんでしょ〜。」
意地の悪そうな笑みを浮かべてる郁。
まあ、いくら郁がそんな顔したって可愛いだけなんだけど。
しかし、人のことには気が付くんだね、やれやれだよ。

「うん、でっかいのが出て行くなと思って。」
私が素直に認めると

「ちょっとビックリ。桜から反撃にあうと思ったよ。」
と、おどけて笑っていた。
おいおい、私ってどんな奴なんだって。




それから―――
郁は念願叶って、眼鏡君こと圭吾君と付き合うようになった。
その噂はあっという間に広がって、クラスの誰しもが郁が彼氏もちになったと知れ渡ったのだった。

今日も私の席でのろけ話をしている郁。
本当に凄く嬉しそうだ。
そして、後ろの席では変わらず大山がいたりして。
私はあれからというもの、どうも大山のことを観察する癖がついてしまったようだった。

ある日、圭吾君と待ち合わせがあるから! と郁においていかれ、一人下校しようと自転車置き場に向かうと。
丁度、大山も自転車を転がしている所だった。

「よお」
軽く挨拶された

「よお」
私も同じように返してみる。
そういえば今日からテスト前で部活も休みになるんだっけ。
何となく一緒に校門を出た。

「お前さぁ」
大山が私に話し掛けた。

「何?」
何の気の無いように返事を返した。

「お前、あの時わざと俺に聞える様に言ったんだよな」
何時とも誰にとも言わなかったけれど私には直ぐに解った。

「だとしたら?」
私はそれだけ答えた。

「ん〜まあ、今となったらありがとうかもな」
大山は私に微笑んだ。

ありがとう?何で?私の頭はハテナマークが回り始めた。
そんな私の顔を見て大山は

「俺には、あんな嬉しそうな顔はさせてやれなそうだからな。凄い幸せそうに話してるかさ」

大山は何もしないで失恋したというのに(そうさせたのは私かもしれないけど……)不思議とすっきりしたような顔をしている。
少しだけ罪悪感が晴れた気がした。

「だね」
私は短く返事を返した。

彼は言いたいことを言い終えたのだろう、自転車にまたがって
「じゃあな」
と言って帰っていった。

私は大山の後ろ姿を見つめながら
きっと私の観察は続いていくのだろうと思った。

ねえ大山、一目ぼれじゃないから私に嫌悪感もたないでね。
一人そう呟いたのだった。