迷いみち

10話
いつの間にかに季節は過ぎていた。
旦那は相変わらずだ。
初めのうちは次の休みの予定を聞いていた子供達だったけれど、日を追うごとに旦那に予定を聞く事も無くなっていった。
残念そうに頭を垂れる子供達の姿も、いつの間にか諦めムードに変わっていった事に気がついているのだろうか。

旦那はどう思っているのだろう。
休日出勤や出張が増えているというのに、給料が増えていない現実を私が気がついていないと思っているのだろうか。いくら不況だとはいえ、それはありえない程の仕事の量なのだから。
確信犯?
私が何も聞き出せない事を良い事に……

町中にクリスマスソングが響き渡るこの季節。
楽しそうな家族連れが目に着いて離れない。
私達だって数年前はそこにいたというのにね。
それを手放してしまったのは私なの?
私はいい、子供がいるから。
でも子供達は?

今年のクリスマスはきっと3人で迎えるに違いない。
冬休みに入るその日、私はある計画を立てる事にした。

いつのように、遅くに帰ってくる旦那。
ここまでくるとなぜここに帰ってくるのだろうという疑問さえ浮かんでくる。
軽めの夕飯で。
そう言われたので、私はご飯だけの茶碗、それにお茶漬けのもとを添えて食卓に置いた。
何か言いたそうな顔をしていたけれど、旦那はいただきますとも言わずに箸に手を付けた。

今日は自分から話を切り出した。
「クリスマスなのだけど、今年は実家に帰ろうかと思って」

すると旦那は想像通りの答え。
「あぁ俺も年末で忙しいから、帰ってこれないと思うし、久し振りにゆっくりしてきたらどうだ」
と。

私は笑顔を張り付けて
「ありがとう、お言葉に甘える事にするわ」
お茶漬けを啜っている旦那に背を向けた。
すると、そこから旦那の声が続いた。

「正月は、うちの実家にいくことにしたから。おふくろが恭平と晃平に会いたがってる。お前もそのつもりでいてくれ」

面食らった。
旦那の実家とは、ここ数年行ききがなかったから。
それは厳格な義父と旦那のぶつかり。
たまに義母から電話が掛ってきたり、私から電話をしたりはしていたけれど、旦那に行くなといわれてそのままになっていたのだ。
プライドが高い旦那。
きっと、実家では仲の良い家族を演じるのだろう。
ある意味役者だ。

取り敢えず、クリスマスの予定はたったから、一先ず良しとしますか。
折角ゆっくりと言われたのだから、年の瀬まで実家でゆっくりさせてもらおう。
数日は旦那の事を忘れてのんびり過ごすのだ。
久し振りに、少しだけ気分が高まる私がいた。

そしてクリスマス。
数日分の着替えを持って家を出た。
子供達は昨日の晩
「父さん、淋しかったら電話してきてね」
なんて言ってったっけ。
私の心の中では
「父さんはちっとも淋しくなんてないんだよ。むしろ都合がいいって思っているんだから」
そう悪態付いていた。
どんどん嫌な女になっていくよう。

バスに乗って、電車に乗って暫く振りに訪れる実家だった。
駅には兄嫁の美香さんが車で迎えに来てくれていた。
兄夫婦は実家の敷地内に家を建て住んでいる。
明るくて優しい美香さんは私の憧れの人でもあった。
兄とは同級生だったのだ。

「少し変わったかな?」
助手席から眺める見慣れたはずのその風景。
所々に建設中の建物。

「世代交代ってやつ。昔馴染みだけじゃやっていけないのかもね」
美香さんの声は少し寂しそう。

あっ、あの喫茶店はまだやているんだ。
かれこれ10年以上、ドアを潜ったことはないけれど、いつもその前を通る度に懐かしい気分に浸る。
レンガの壁を覆う蔦の葉っぱ。
くすんだ色の鐘のついた木の扉。
目を瞑ればあの頃のままのマスターの顔が直ぐに浮かんでくる。

久し振りに行ってみたいな。
心の中で呟く。

「恭ちゃんも晃ちゃんも大きくなったね。すっかり見違えたよ。おじいちゃんもおばあちゃんも早く会いたいって言ってたよ」
バックミラー越しに息子達を見つめる美香さんの笑顔は昔とちっとも変っていなかった。

実家に着く間際、小声で
「後でゆっくり呑もうね」
私の好きな笑顔をくれた。