迷いみち
9話
平面上は穏やかな日常を送っていた我が家だったのだけれど、徐々に均衡が崩れてきたのはそれから2か月程経った頃だった。
旦那が休みの日にも家を開け始めたのだ。
子供達は何も知らないから、父さん大変だね休みの日に仕事なんて、父親の労をねぎらう言葉を掛けている。
本当に仕事なのだか解ったものじゃない。
疑心暗義になるとかそう言う事じゃないんだ。
夫としての私との関係はもう、諦め初めていた。
でも父親としての彼はまだ子供達には必要だというのに……
彼が浮気ではなく、本気だという事なのだろうか。
私達とは関係のない誰かになるつもりなのだろうか。
とある日曜日。
私は父親が出掛け沈んでいる子供達をと共に郊外にある遊園地に赴いた。
これでもかというほどのお弁当を持って。
久し振りの遊園地という事で、子供達のはしゃぎようといったらなかった。
この前来た時には身長制限で引っ掛かってしまった乗り物。
晃平の成長がこんなところで解るものなんだなぁと感慨深くなったり。
本当はこういう喜びを家族で味わうものだろうに。
ふと、あの日校庭で子供達と屈託なく笑うアラケンの姿を思い出してしまった。
それは後ろ姿と声だけだったけれど、とても楽しそうで。
ボールをぶつけながら、怒った様な口ぶりで子供達をおいかけ回す姿。
広い背中が……
「母さん、母さんってば」
晃平の手が私のブラウスの裾を引っ張っていた。
「ん? どうした?」
不思議そうに覗きこむ晃平の顔が目の前にあった。
「だから、次はあれ乗りたいー」
晃平が指さしたのは、この遊園地の一番の目玉。
急降下で落下する絶叫マシーン、それだった。
私はちょっと勘弁かも……
ちょっと向こうにそびえたつそれは、物凄い威圧感。
本当にあれ乗るの?
「母さん怖いんでしょ?」
いたずらにほほ笑む恭平。
私は素直に
「うん、怖い」
ある程度のだったら乗れるけれどあれはね……
「あーぁ、父さんがいたらなぁ」
晃平の何気ない一言が胸を突いた。
少しだけ芽生え始めていた旦那との決別。
そうだよね、子供達にはそうなんだよね。
私の心に影が落ちた。
さっきから気がついていた。
晃平も恭平も楽しそうに家族できている人達に目がいっているのを。
きっと、自分たちも。
自分達の父親と重ねて見ているのだろうと。
父親が出掛けた寂しさを少しでも和らげてあげようとここに連れ来たというのに。
それは返って、子供達に寂しさを与えてしまったのかもしれない。
時計をみると、もうお昼だった。
「ちょっと休憩して、お弁当食べよう」
思いっきり笑顔を作って、シートを広げた。
そして、そこでもまた私は失敗してしまった事に気づかされた。
目の前いっぱいに広がったお弁当。
張り切りすぎたその量は、私と子供達とではとても食べ切れる量ではなくて……
「やっぱり父さんがいれば良かったね」
ぽつりと呟いた晃平。
それを見ていた恭平が
「馬鹿、何言ってるんだよ。仕方ないだろ仕事なのだから、兄ちゃん腹減ってるからこんなのぺロっと食っちゃうぞ」
そう言って、両手におにぎりを持って、がぶがぶとおにぎりを頬ばり始めた。
それを見ていた晃平も負けじとおにぎりにかぶりつく。
胸が痛かった。
苦しかった。
子供達にこんな思いをさせてしまった事が。
私は携帯を片手に、子供達の写真を撮った。
そして、その写真を添付して旦那に送った。
旦那からしたら、嫌味に見えるかもしれないこのメール。
誰と一緒にいるのだか解らない。
貴方がいなくても、こんなに楽しいのよ。
そうとるかもしれないけれど。
少しでも、私達に気持ちがあるのなら。
自分もその場に居たかった。
そう思ってくれる事を願ったメールだった。
良く良く考えたら、旦那の事を知っているのは私だけ。
目の前で楽しそうにお弁当を食べる子供達は何もしらないのだから、私は考えすぎなのかもしれない。
ただ単に、父親がこの場に居ない事を嘆いているだけ。
だって家でをしたわけでも、別れた訳でも、ましてや、亡くなってしまた訳でもないのだから。
子供達が頑張って、あんなにあったお弁当は殆どが胃の中におさまってしまった。
お昼前はあんなにはしゃいでいた2人だったけれど、やっぱり食べすぎたのか、何だかぐったり。
もう動けないーとばかりにシートの上に寝転がったのだった。