迷いみち

14話
久し振りといっても、長年同じ時を過ごした同級生。
昔の暴露話が始まると、あれもこれもと話が弾んだ。
そして、合コンじゃないけれど皆で、携帯のアドレスなんかを交換したりなんかして。
っていっても、皆は知ってるようだから、飛び交うのは私のアドレスだったりするんだけど。
普段、外に出る事も少ない私は方の古い携帯で、みんなのように赤外線がついていなくて。
綾子が私のアドレスを入力して、皆にメールで教えてくれた。
ご多分にも洩れず、アラケンにも私のアドレスが回ってしまった。

次々に着信を告げる私の携帯。
皆に
「ちゃんと登録しとけよ」
って、言われてしまった。
社交辞令かもしれないけれど、何だか世界が広がったようで、私の日常も少しだけ変わるかななんて、ちょっぴりほろりときてしまいそうだった。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、子持ちの私は一先ず先に帰る事にした。
亮二が送ってくれるっていってくれたけれど、もうそんな心配されるほど子供じゃないからと断った。まだまだ呑み足りなそうだったしね。
少し多めのお札を置いて、店を後にした。

駅前でタクシーを拾って、家路についた。
子供達は、歩き疲れたようでとっくに寝ちゃったよ、と母。
そんな母も、久し振りに子供と遊んだのが相当疲れたようで、一言二言会話をすると寝室へと行ってしまった。
化粧を落として、沸かしなおした風呂にどっぷりつかった。

意識しすぎて、2人で会話なんて全く出来なかった。
たまに感じるアラケンの視線が痛くて仕方がなかった。
向こうはそんな気が全くないって解っているけれど、私の胸のもやもやは、一つの結論に向かっているのが良く解った。
もう、気になっているんだと……
好きという言葉は決して使ってはいけないと、それだけは心に決めていた。
一度、自覚してしまったこの思い。
それ以上は絶対に考えてはいけない事だと。

冷たくなった脱衣所の床。
湯ざめをしないように手早く身体を拭いて、そのバスタオルを身体に巻いて、髪の毛をタオルで巻き上げて、鏡の前に立ってみた。

化粧を落として、髪も見えない、素、そのままの私。
顔全体に出てきたシミ。
目尻の皺。
たるんだ顎。
いつの間にか出来ていた首の皺。
巻き上げたバスタオルより随分と下がってしまった胸。

何処から何処を見ても、若さを見出す事は出来なかった。
これほど、自分を見つめたのはいつ以来なのだろうか?
背けてしまった時間は取り戻せない。

こんな私に焦がれて嬉しい人などいるはずがないわね。
旦那に愛想をつかされても仕方がないかもしれないのかも。
若い子には勝てないもんね。

そう呟いて、鏡の私に背を向けた。

けれど実家というところは不思議な所で、嫁いでもう何年と立つのにそこは若い頃の私を連想させてくれる。
台所で湯を沸かし、熱いお茶を煎れた。

手入れのいい母はあまり物を買い替える事はしない。
物を買う時も、慎重に選んで長く持つものを選ぶ人だ。
台所のテーブルも私が居た頃のままならば、冷蔵庫だって、炊飯器だって昔のまま。
茶碗や箸だって、私の使っていたものだったり。
堪らなく、ほろりとしてしまう。

昨日、父にも言われたっけ
「まだ、昔を懐かしむ程生きてないだろう?」
と。
確かに父や母には及ばないけれど、私だっていろいろあるんだから。
口から出かかった言葉。
呑みこんだ言葉を放っていたら、どう返ってきたのだろうか?
無邪気に笑う子供達の目の前ではそんな事言えるはずなんかないのにね……

ボーンと柱時計が零時の時を告げた。
おじいちゃんが、買ったという年代物のその時計もまた、私をほろりとさせるアイテムだった。

ふいに思い立って、携帯を手に取った。
着信画面を開いて、今日のメンバーを顔を思い出しながら、一件一件登録してみた。
恵理子も悩んでるんだろうな、亮二の顔を視点の合わなそう目で眺める恵理子の顔は切なそうに見えた。綾子も綾子で若い男の子と付き合っているようで、中々ねぇって呟いていたっけ。
高城なんて、昔はモテタだろうその顔は、そのままだけど、てっぺんの辺りが妙に淋しくなっていったけ。
間山も結婚して、子供が幼稚園になるそうで「俺より好きな男の子がいるって言うんだ」って嘆いていたっけ。
そして、最後の一人で指を止めた。
一人だけ、開いていないそのアドレス。
一瞬登録をも迷ってしまう……

悩んだ末に、目を瞑って、そのメールを開いてみた。
ゆっくり目を開けてみてみると、考えられない事に文字が連なっていた。

――明日、ドライブ行こうぜ、人生相談にのってやるよ。何時でもいいから電話くれ。メールはお断りだ、もしこのまま返事がなかったら、明日10時に家まで迎えに行くからそのつもりで、恭平も晃平も一緒でも構わんぞ――

何度も何度も文字を追った。
これは冗談だよね。
からかっているんだよね。