迷いみち

22話
「ごめんね、駅までで良かったのに」

昨日はあれから、美香さんと遅くまで呑んでしまった。
勿論外に行った訳ではなく、実家の台所だ。
小柄な体の何処に入るのだろうとと言うほど良い呑みっぷりだった美香さん。
実はグロッキーだった私の介抱までしてくれて、片づけまでもして貰ったというのに美香さんは、すこぶる元気。私はと言うと、必死で頭痛と格闘している。
口を開けたら、胃の中のものが逆流しそう。平静を装いながら、美香さんと子供達の会話に頷いていた。
この師走の寒空のもと、助手席の窓を全開の私、体調不良がバレバレだと気がついたのは 「酔い止めでも飲めばいいのに、ダブルで効くんじゃない」と途中寄ったドライブインで恭平に一笑されたからだった。
「ほんとにごめんなさい」
何度目かの謝罪、美香さんは笑いながら

「そんなに言わなくてもいいから、どうせなら寝ちゃった方が楽なんじゃない?」
と優しい笑顔をみせてくれて、さらに落ち込んだ。
本当に何をしているんだか、私ってば。

でもやっぱり限界らしくて、私はお言葉に甘えてしまい、いつの間にか寝てしまったようで。

「母さん、そろそろだから」
という恭平の声で目を開けた。
うっすらと視界に広がってきたのは見慣れた街並みで。

「すっかりお世話になっちゃって申し訳ない。これのお礼は後でたっぷりとするからね」
頼りない声でお礼を言った。

「いいのよ、私も気分転換できたし。あっでも今度来た時はランチでも奢ってもらおっかな」
とおどけて言った美香さん。昨日も散々愚痴を聞いてくれたっていうのに、頭が上がらないとはこの事だ。

緩やかに踏んだブレーキ。

「寄ってってくれるよね」
運転席で伸びをしている美香さんに声を掛けると

「そうしたいところだけど、遅くなる前に帰りたいし今日はこのまま失礼するよ。今度ゆっくりお邪魔しにくるから。あっ私が家出したくなったら迷わずお世話になるから、宜しく」
舌を少しだけ見せて、美香さんは走り去ってしまった。

「母さん、美香さんに足向けて寝られないね」
とぼそっと言った晃平。
全くその通りなだけに、私は大きく頷くしかなかった。

「ただいま」
誰も居ないと解っているけれど、そんな言葉を掛けて玄関をくぐる。
荷物を持ったまま取り敢えずリビングのソファに身を沈めた。

「スポーツドリンク買ってきてやろうか」
だらしない私をみて、呆れてしまったのだろうか、恭平が私に声を掛けた。

「大丈夫、それよりこのままちょっと横にならせて」
子供達の返事を聞く前に私は目を閉じた。
すーっと眠りに落ちていくのが自分でも分かった。

久し振りに夢を見た気がする。
そこは私達の通った小学校で、でもそこにいるのは大人になった私とアラケン。
子供のように、はしゃぎながらブランコに乗って。
いっぱい笑いあっていた。
心の底から楽しいと感じた。
薄暗くなった部屋で目を覚ました時に、一気に現実に戻って行く。
夢、覚めなければ良かったのにと……。

時計を見て、更に現実に引き戻される。
夕飯作らなくちゃだ。
冷蔵庫の端に掛けてあるエプロンを纏って、米を研いでいたら恭平がやってきた。
「疲れてるんだろ、何か頼めば良かったのに」
こんな風に、気を使ってくれるようになったんだ、と感慨にふけってしまう。
私達の間で、あんまり良い環境で育ったとは思えないのに、我が子ながら良い子に育ったものだと。

「大丈夫よ、寝たらすっきりしたから」
有り合わせのものしかなかったけれど、何とか食卓を整えて3人でテーブルを囲んだ。
「急に淋しくなるよな、じいちゃんところから帰ってくると」
そう晃平がぽつりと呟いた。
私も恭平も、返事をする事はなかった。