迷いみち

4話

新しいクラスにも慣れ始めた5月。
今日は授業参観日。
去年の恭平には驚かされたものだ。
ということで今度は先手を打ってみた。

「恭平、今日は何着ていくのって聞かないの?」
と。
するとどうだろう恭平は
「大丈夫、母さん何着ても変わらないから」
と返されたものだ。
思わず固まってしまった。
それって……。
旦那がいなくて良かった。
また大笑いされるところだった。

それを聞いていた晃平がフォローしてくれた。
「母さんは何を着ても可愛いよ」
って。
思わず頬ずりしてしまいそうになるのを留まった。
こいつは我が家の癒し系です。

昨夜は旦那が出張で帰ってこなかった。
最近多いんだこれが。
それも突然に。
まあこの不況で仕事がないよりよっぽどいいのかもと思うことにしている。

子供たちを送りだしてから、今日は家事をお休みしてクローゼットと睨めっこを始めた。
だけど、よく目を凝らしたってたいした服は入っていなくて。
こんなものかな、滅多に履かなくなったお出掛け用のスカートと春らしい淡い暖色系の薄手のニットを手に取った。
そして、実は旦那に内緒で買ってしまった化粧品。
この時とばかりに化粧台の前に座りメイクを始めた。

着替え終えて鏡の中に写る自分の姿を見つめる。
こんなにマジマジと自分の姿を見るのは久し振り。
若い頃とはすっかり違う身体のラインにがっかりするのはもう慣れた。
だけど初めて気がついた首元の皺。
確実に年を取ってるのよねとため息がでた。
でもまあ、いつもよりはマシよね。
少し明るめの紅を引いた唇はまだまだいけるわよ。と思い込んでみることにした。

早めに家を出て学校へ向かった。
いつもはジーパンで自転車に乗ってかっ飛ばしているけれど、この格好じゃそうもいかない。
優雅とまでには程遠いけれど、そんな気分で歩いてみた。

今年は晃平の教室から覗いて見ることに。
時間に早くきすぎたのか、教室には数人の人がいるだけで、子供たちもまだ席に着いておらずに保護者の周りをうろうろとしていた。

「母さ〜ん」
と背中から晃平に飛びつかれた私は思わずよろけてしまって、周りにいた人の失笑を誘ってしまった。折角優雅な気分でなんて思っていたってそうはさせてくれないらしい。
痛いって。
そう言おうと思ったのに
晃平は小声で
「やっぱり可愛いよ」
って言ってくれるものだから、何もいえなくなってしまった。

それから、新しく出来たお友達を紹介してもらって、周りのお母さん方と雑談して。
やっと時間になった。
チャイムと同時に入ってきた田代先生。
やっぱりあの先生だったのね。
担任以外の先生って中々覚えられないから自信がなかったけれど、思っていた先生だった。
授業は算数で、黒板に張られた教材を使って丁寧に説明してくれている。
心配だった計算もノートの進み具合からいくと安心しても良さそうだ。
時計を気にしながらじっと晃平の様子を伺う。
時折、後ろを振り返りながらも恥ずかしそうだったけれど今回は手を挙げる姿もみられた。
目があった晃平に大きく頷いて、教室を後にした。
次は恭平のクラスか。
階段を登って突き当たりの教室って言ってたな。
一つ一つの階段は小さいけれど結構段数があるのよね。
恭平の教室がある3階の教室まで上がると楽しそうな笑い声が聞えた。
授業参観で笑い声?
その声は奥の教室から聞えてくるようで。
廊下を進むとその笑い声は恭平のクラスからの声だった。
後ろのドアからそっと覗くと黒板の前には我が子が立っていて。
一瞬何かやったの?って思ったけれどそれは違ったようで、道徳の授業で教科書に沿った話を何人かで演じているところだったらしい。
ドアの窓から私の顔が見えたのか見知った隆一の母親が私を手招きした。
「久し振り、今丁度恭平君がね」
私は大きく頷いて隆一の母親の言葉を遮った。
全部言わなくても分かるかもと、小声でつけたして。
ちょうどその時恭平の声がした。
「これで僕達の発表を終わりにします」
お辞儀を終えた強兵は私と目が合って、またもやいつものピースサイン。
来たばかりだというのに注目を浴びてしまった。

そして。
「はい良く出来ましたね」
と張りのある大きな声。
教室の角で座っていた担任教師が立ち上がった。
何処かで見たことあるような……

「じゃあ、今の話を見てどう思いましたか?」
先生の質問に勢いよく手を挙げる子供をさすと、答えをきいた先生が黒板に向かってその答えを書き出した。
あの背中だ。
若そうだと思ったけれど私と同じ位?
それにしてもこの顔――。
新井健一だなんて良くある名前だと思っていたけれど、もしかして……。
私の頭には一人だけ思い当たる人物が。
それはもう25年位会ってもいない人だけど。

でもそうだとしたら、納得がいく。

「たいがいにしろよ」

なんて今の人は使わないだろうから。
私の思いは確信に変わった。
小学校の同級生だ。
丁度境界線に住んでいた私とは違う中学になってしまって、それっきりになってしまたけれど、良く見ると面影あるかも。
実は仲良かったというかケンカ友達というか。

恭平の授業参観に来ているのに全く違うところに頭が飛んでしまった。
向こうは気がつかないはずだ。
全くといっていいほど違う私なのだから、それに名前だって。
万が一名前を覚えていたらの話だけれどね。
それさえ違う訳だし、この人数だ。
でもちょっとだけドキっとしてしまう私がいた。
線の細かったあの頃とは違うがっちりした体型に、良く通る少し低めの声。
子供と一緒に時折笑う顔は……。
って何考えているの私ってば。
そんな雑念を払うように軽く頭を振ってみた。
すると隣にいた隆一の母親が
「大丈夫?頭痛いの?」
と心配させてしまった。
「ごめんね、大丈夫だから」
と笑ってみせたが上手く笑えただろうか?

何だか悪戯をした子供ようにドキドキしてしまった。
何だか恥ずかしくなってしまって、本当は恭平のクラスの懇談会にでようかと思ったけれど、もう一度クラスを出直して、晃平のクラスの懇談会に参加してしまった。