贅沢な願い事

片棒(美佐子視点)
時計を見上げた。
ただいまの時刻9時ジャスト。
とっくにその時間は過ぎているというのに……

携帯をデスクの上に置いてあるのだが、ピクリともしていない。
大地のところには連絡いったのだろうか?
つい何時間か前まで一緒だった彼ら。

それにしても、心配しているんだから連絡くらいよこせっていうの。
香也のことだ、一時期俊平に会ってないことを気に掛けてたくらいだから邪険にするとは思えないけれど。

あー気になる。
通勤時刻を教えたのは私だし、もしかして会えなかったとか!
何だか、香也に余計な事を言ってしまいそうで、ここ10日程連絡を取っていなかったのをちょっぴり後悔し始めてきた。
落着かない気持ちをどうにかしようと、朝、出社前に買って来た缶コーヒーに手を伸ばした。
プルタブを引き上げて、喉を潤した。
もうひとくち、口に含んだその時に。
バイブにしてあった携帯がブルブルと振るえ出した。
表示は

俊平

やっときたよ。
片手で缶コーヒー、もう一方の手で携帯を操作して画面を見つめた。
見た瞬間、ブハっとコーヒーを噴出してしまった。
隣の席の根本がどうした?といた顔でこちらを見ている。

慌てて、携帯を閉じて、なんでもないと笑って見せるもそれはあんまり効果がなくて。
根本は肩を揺らしながら一言

書類

と言った。
目の前の書類は私の噴出したコーヒーで点々とシミがついていた。
朝一でプリントアウトした書類が台無しだ。

それにしても……

俊平からのメールには

ありがとな

の文字。
それはいいんだよ、それは。
俊平の単語だけのメールには慣れている。
っていうよりそれしかみたことがない。
だけどだよ、今日は違った。

絵文字だよ、え・も・じ――

それも、ブイサインにニコニコ顔に極めつけはハートのマーク。
私は人格疑ったね。
同じ人物が打ったのかと。

するとまた不意に携帯が震えだした。
今度は大地からだった。
こいつもまた。

見たか?

単語だけ。
あーどうしてこうなのだろうね。
男って。
おはようとか、昨日はどうも、とかいれられないものだろうか?
あんまり凄いの貰ってもちょっとひいちゃうけど、少しくらいはね。

私は先に書類をどうにかしなくては、とプリントアウトをはじめた。
返信するんだよねこの単語に。
カタカタと動き出すプリンターを確認すると。

私も真似ようと携帯を取り出す。
俊平には

良かったね

大地には

見たよ

そんな返信をしてみた。
これで残るは香也かぁ

さてとどんな報告をしてくれるのか。
ワクワクしていたのだが。

その日、いつまで経っても香也からのメールは来なかった。
おいおい、久し振りに同級生に会ったんだぞ、それも仲良かったじゃないか。
と言いつつ、私も香也には俊平と会っているだなて一言も言ってないから、同じなのかぁ。

けれども、この腹黒君はとーっても気になるらしく。
3時間おきにメールを寄越すときたもんだ。

「何か言ってきたか?」

朝の絵文字はあれ一度きりでもう見られなかった。
家に着いて、どっさりと腰を下したベットの上で携帯電話を指先で弾いた。
俊ちゃん、君の前途は厳しいかもよ。
今しがたもきた、あんたのこのメール。
さて、なんと返そうか……

取りあえず、見慣れたメルアドを選択し、アドバイスでも仰いでみますか。
夜9時を回ったその時刻。
私は大地にメールを送った。

ものの何秒かで、私の携帯が踊り出した。
それは、メールでなく着信音。

大地とあった。

随分とまあ早い返信だこと。

「もしもーし」
浮いた心を見透かされないように、おどけ気味に声を出した。

すると、携帯からこれまた冷めた低い声で

「何で俺に返信しないで、大地のとこにメールしてるんだよ」

俊平だった。
昨日までの威勢のよさや、朝の浮かれたメールは何処へやら。
不機嫌モード全開の俊平だった。

そして、その電話で私は、またもや腹黒男の指令を受け片棒を強いられたのであった。
私は、机に飾ってある中学のスナップ写真に向かって

香也ごめん

と届くこともない謝罪をした。

スナップ写真の香也は私と俊平に挟まれて、満面の笑顔。
まるで、いいよって言ってるみたいだと都合の良い解釈。

大地もフォローしてねと、私の隣に写っている大地に向かって拝んでみた。

本当に何やってるんだろう私と思いつつ。
取りあえず香也にメールでもしときますか。

今日もまた俊平に振り回された一日だった。