贅沢な願い事

何か言ってきたか?

「徳山さん、おーい、徳山さんってば」

目の前を何かがちらついて、我に返った。
総務課の森山がいた。

「ああ、何かあった?」
結構間際にある森山の顔におののきながら、たずねてみると。

「何かあったじゃないですよ、部長がお呼びです。第三会議室へとの事です」
にっこりと笑う森山は俺の2歳年下だ。
俺は大学卒でこいつは短大卒だから同期になる。
初めの研修時から何かと世話を焼かれた、東北へ行っていた時はそれも無かったのだが、本社へ戻ってきてからは、更に口を出されるようになり少しだけ鬱陶しく思ったりしている。
はっきりとは聞いた事はないが、好意以上のものを持っているのは感じていた。

「ありがとうな」
そう森山にいって席を立った。

廊下を歩きながら、ポケットから携帯を取り出した。
メールの着信2件。
大地と美佐子からだ。

大地からメールには

ちゃんと報告しろよ。後で電話くれ

と。
美佐子からは

良かったね

ってそれだけかよ。俺は浮かれ気分で打ったメールに後悔した。
いつもだったら、絵文字が入った美佐子からのメールはそっけないもので。
そんなものなのかと一人呟いてしまった。

メールかぁ。
香也にはまだアドレスを聞いていなかった。
それは今度会ったときにしよう。

さて次はどうするかな?
駅で偶然も捨てがたいが、なんかこう違うところでばったりっていうのがいいんだが。

美佐子にリサーチさせとくか。
今さっき見たそっけないメールに後で返信いれておこう。
そう思いながら、第三会議室の扉の前に立った。

コンコンと2回ノックした後、名前を名乗ると、部屋の中から返事が聞えた。

失礼します

そう言ってドアを開くと其処には満面の笑みを浮かべた小山部長。
この顔をする時は大抵いい話ではない。
先月は確か、取引先の女社長との打ち合わせならぬ、会食だった。
あの時のことを思い出して、引きつりそうな顔を堪えてみる。
多分微妙な笑みだったに違いない。

部長はありきたりな言葉をつらつらと重ね、中々本題に入ろうとしない。
こりゃまたろくでもない話に決定だな。
部長の言葉を右から左に受け流して、相槌を打った。

「さて、今週の土曜なんだが、君予定はあるかね」
それは、ないと言えというオーラがありありだ。
でも俺には、人生をかけた計画が有るわけで。
実際、予定は立っていないのだが、頭の中での計画は出来つつあった。
直ぐには、答えることが出来ない俺を見かねて。

そうだな、若いのだからいろいろと予定もあるだろうからな。
とカラ笑い。

2人の無言が続いた。
申し訳ありませんが今週は――と俺が言葉を発したのと同時に部長の声が重なった。

いつなら暇か?

と。おいおい俺の予定に合わせるのかよ。
それじゃあ断れないじゃないか。
俺はしぶしぶ来週ならと返事をしていた。

部長は”そうか”と頷くと追って連絡するからと席を立った。

「部長、私は何をするのでしょうか?」
都合を聞かれただけでかえされたのでは納得がいかないもんだ。

すると部長は
「そうか、そうだったな。この前の江藤社長がいたくお前を気に入ってな。一緒にゴルフをしたいと言うのだよ。宜しく頼むな。先方にはお前の都合を聞いてくれと頼まれていたんだ。私は橋渡し役さ、向こうの都合さえあえば決まりだから、頼んだよ」

さあ、今日も一日頑張ってくれたまえ

くれたまえって。
俺、ゴルフなんてやったことがないぞ。
それにあの人苦手なんだよ。
この前の帰り際だって俺のケツをさあっと撫で上げたんだぜ。
思い出しただけでも全身に鳥肌が。
なんとしても逃げ出さなくては、休みの日、それも朝から一緒にいるだなんて恐怖でしかない。

「部長、私ゴルフをしたことはないのですが」
そう言う俺に部長は笑って

「いいんだよ、君と一緒にいたいだけなのだから。そこそこで頼むよ、そこそこで」

ナンだよ、そこそこって。
どうすりゃいいんだ。
しかし、なんて断ればいいんだ?仮にも相手は取引先の社長だし。

俺の頭が崩壊しそうだっていうのに、部長はデスクに戻って受話器を上げ始めた。
俺は仕方なくその部屋を出ることになった。

しかし、何で俺なんだ?




気分を変えて。
そういや、香也は俺と会ってどう思ったのだろう?
そんなことが気になった。
もしかしたら、美佐子に連絡とかしてないだろうか?
一度気になったら、どうしようもない。
初めが肝心だからな。

俺はここに来たときのように、ポケットから携帯を取り出すと、美佐子にメールを打った。

何か言ってたか?

と。誰がなんて書きはしない。勿論絵文字だって。
15分後に返っていたメールには、

まだ、何もないよ!

と寂しいメール。
それはお昼を過ぎても気になって、また同じメールを送ってしまった。

返事は同じだった。
午後、出先の街角で信号待ちをした時も。
定時の鐘がなった時もそれは同じ返事で。

そんなものなのか?

暫しの残業をした後、大地に連絡を取った。
大地は朝のことが気になるらしく、2つ返事で誘いに乗ってきた。

いつもの店で。
性懲りも無く何度目かのメールを美佐子に送った後、5分後に大地の携帯がなった。
美佐子からのメールだった。
大地は俺にその内容こそ見せてくれなかったのだが。
おいおい、美佐子俺に返事はくれないってか?
少々しつこ過ぎた感は否めないが、そりゃ無いんじゃねえの。

俺は大地の携帯を取り上げて、美佐子のナンバーを出す。
数回のコール後、のん気な美佐子の声が聞えた。

「もしもーし」
もしもしじゃねえつうの。

「何で、俺に返信しないで大地にメールしてるんだ」
俺の声がわかって携帯の向こうから

げっ

という声がした。
俺はここぞとばかりに、美佐子に協力を要請。
一種の脅迫みたいだが、それは置いておこう。

携帯を返すと大地は

お前って、悪魔みたいだな

と言われた。
悪魔だってナンだっていいさ。
あいつを捕まえられるんだったっら俺は何にでもなってやる。

ぬるくなったビールを一気に飲み干した。