ずっと

約束

「おーい、た〜か〜の〜っ」

私にぶら下がった状態で、大声をあげてあいつを呼ぶ萌子。
みんな、酔った萌子の姿は周知の事らしく「あぁまただよ」なんて声がちらほら聞こえてきた。
そこへ

「お前ぁ、恥ずかしいだろ。そんな大声で呼ぶなっつうの」
そう言って萌子の頭をちょんと小突いた。

「高野が来た〜っ。相変わらず背高いね〜」

「この年で縮んだらおかしいだろ」

そんな2人の遣り取りに入る事も出来ずに、私は黙って2人を見つめる。
懐かしいこの光景。
あの頃はこれが毎日だったからな……

そんな2人に萌子の彼が焼もちを妬いたりしてちょっとした騒動にもなったっけ。

「高野、それよりさっき亜子と何を話していたのかな〜」
萌子の顔がニヤリと。

高野は頭を掻きながら、顔を萌子の耳元に近づけた。
萌子は私の腕に絡みついているから、ちょうど私の胸元位に高野顔が。
本当はさっきから、音が聞こえているのではないかという程、大きく激しく波打つ心臓。
私は体に力が入って、平静を装う事に必死だった。

高野の声は本当に小声で私には聞き取れなかった。
けれど萌子にはしっかりと聞こえたみたいで、今の今まで私の腕にもたれていた萌子は、背筋をしゃんと伸ばした。

「約束だからね」
萌子はそう一言言い残して、目の前で2次会の相談をしているであろう仲間の輪に入っていった。

約束?
高野は何を行ったのか気になってしまう。
高野だって、私がそう思っている事を分かっているだろうに、それには触れず

「ちゃんと来いよ」
今度は私の耳元で囁く。
そして、周りにいた人達に声を掛けると、繁華街の歩道をゆっくりと歩き出した。


「亜子、2次会行くだろ?」
目の前には、やけに頭の薄い……あんた誰?

「う〜ん」
あいつは本当に私と話すつもりなのだろうか?
頭の中はその事でいっぱいだった。
すると、目の前のおっさん。と言っても同級生なのだろうけれど。

「亜子、遅れて来てあんまり飲んでないだろ、一緒に行こうぜ」
と突然私の腕を掴んだ。
会話を聞きながらもあいつのことでいっぱいだった私は一瞬何が起きたのか、理解が出来ず、引っ張られるままに、仲間に輪に連れられていってしまった。
ちょうどその時、見えなくなりかけたあいつが振り返った。
このまま流されるのも有りなのかも。一瞬過った、逃げる事を。

「あんた、何やってるの? さっき約束してたでしょ。ほらほら〜黒田もどさくさにまぎれて亜子の腕を掴むんじゃなーい。早く行ってあげな」
萌子の顔は迫力があってちょっと怖かった。

「亜子、折角来たのに〜」
久し振りに会った沙希も相当酔っぱらっているみたいだった。

「沙希も、また約束すればいいじゃない。結構亜子の彼に怒られるよ」
萌子の視線が早く行けーと言っているような気がした。

「ごめんね、また今度」
私は一度萌子に目配せをして、背中を向けた。

あの公園。
私達が、いつも待ち合わせをしていた場所。
付き合い始めたのも、最後に顔をみたのもあそこだったかもしれない……

私にとったら一番行きたくない場所だったのに。

今なら帰れる。
帰ってしまおう。

まだそんな考えが浮かばなかったわけではないが、やっぱりあいつと会う事を望んでしまう私がいたのだ。