ずっと

今は

本当は緊張で喉がからから。
飲みほしてしまいたい衝動にかられるけれど、少しでも長く味わっていたいから、一口ずつグラスを口に運ぶ。

本当に味わいたいのは、高野とのこの時間。
できるだけゆっくり。
来たばかりだというのに、明日の虚しさを考えてしまう私もいた。
やりきれないこの想い。

2人静かに、グラスを揺らした。
話がしたいと言ったのは高野方なのに、高野は口を噤んだまま。
心が苦しくて仕方がなかった。
そんな高野が初めに出した言葉は

「そんな難しい顔して、来なければ良かったと思っている?」
なんて、言葉。それは高野の方じゃないの?

「今更、何言ってるんだか」
本当に可愛くない私。

「今更、か、それもそうだ」
高野がふっと笑顔を見せた。懐かしい顔……

とりとめのない軽い会話をする2人。
本当に話したい事は話さないままグラスは交換されていく。
大きな窓に視線を移すとどこまでも広がる煌びやかな夜景。
今この時が永遠に止まってしまえばいいのに。

「みんな変わったよな、特に福田。とてもおなじ歳とは思えなかったよ」

福田? 今日居たっけ? 遅れていって直ぐにカウンターに行っちゃったから正直なところ良く分かっていないんだよね。

「ひょっとして、わからなかったんだろ。おやっさんのとこ出た後にお前に話かけてた頭の薄くなったあいつだよ」

「え、えっー、あれ福田だったの?」

「やっぱり分かって無かったんだ。酷い奴」

そんな会話が心地良かった。実際、この会話を切欠に緊張が和らいだようで、何年も会っていなかったというのが嘘のように会話が弾んだ。
ちょっと場違いだったかもしれないけれど、本当にこんなに楽しい気持ちになれたのは久し振り。一方で私ってこんなに素直に笑える奴だったんだと、妙に冷静に自分を見れる私もいた。
それは、楽しいと思う反面、現実を理解している自分もいるから。そうこれは今夜だけの事なのだからと。

高野がバーテンダーを呼ぶと、程なくして新しいグラスがやってきた。
バーボンのロック。
そうだよね、そんな歳になったのだよね。
あの頃の私達はビールや焼酎、そして少しだけ背伸びして飲んでいた冷酒。
時がたつにつれ、お酒も変わるのだろう。量より質? そんな感じかな。
高野の長い指は、ショト丈のグラスが良く似会っていた。少しだけ口にして置かれたグラス。
そして2人に会話が消えた。
周りの声は聞こえなかった。ゆったりとしたクラシックのピアノの音色だけが流れているそんな感じ。
ふと、嫌な予感がした。平穏な空間が崩れるようなそんな雰囲気がしてならなかった。
高野前に置かれた、グラスの中、丸く削られた氷が微かに揺れた。

「お前さ、こいつと仲良くやってるの?」
そう言った高野の視線は私の薬指に嵌められたちょっとくすんだシルバーリング。
私はそっと右手で触れて

「今はね」
そう今この瞬間は、私にとって幸せな時間。嘘は付いていない。
だけど高野は違う意味にとったみたいで

「”今は”ってお前、これからずっと一緒にやっていくんだろ、頼りない返事だな」
呆れたようなそんな響き。

「これから、ずっとかぁ」

高野の痛いほどの視線が私に向けられている事で、心の中の呟きを口にしていた事に気がついた。

「何でもないよ。大丈夫」
何が大丈夫なのか全くわからないけれど、私は咄嗟にそう口にしていた。